プチ小説「登山者11」
山川は、西武高槻店の地下食堂街でオムそばと豚玉を食べた後、JR高槻駅で各駅停車に乗り自宅へと向かった。席が開いていたので腰掛けたが、お腹の出っ張りが気になり、思わずお腹を摩った。
「明日もホームページの更新だな。これではとても槍ヶ岳や穂高には行けないな」
向いの席を見ると山川と同年代の男性ふたりが今日の山行のことを楽しそうに話していた。
「40代になって山登りを始めたけれど、いつ行っても楽しいね。100才まで続けたいよ」
「ははは、それは無理だろう。でも比良山なら70才くらいまでなら、登れるんじゃないかな」
「年はぼくがひとつ上だけど、君は若い頃から山に登っている。40才を過ぎた頃に君から誘われて比良山に登り、不定期に登って来たわけだけど、他の山にも行きたい気がする」
「例えばどの山かな」
「そりゃー、一番に思いつくのは、槍、穂高だな」
「佐藤さんは山登り以外に筋力トレーニングをしているのかな」
「いやこの山登りだけだな」
「ということは一からということになりますね。槍、穂高に登るためには基礎的な体力がなければ危険です」
「危険なのか」
「そうです。限られた日程で、横尾、槍沢ロッジ、槍ヶ岳山荘、南岳小屋、穂高岳山荘、岳沢、を経由して下山する必要があります」
「4泊できるんだったら、出来そうな気がするが」
「いえ、槍ヶ岳山荘は通過します。槍沢ロッジから一気に南岳小屋まで行けるかどうかが、分かれ目になります」
「なぜスケジュール通りに行かないといけないのかな。山荘はいつでも受け入れてくれるはずだし」
「これは7回槍・穂高に登ったことがある私の経験ですが、山登りは緊張感を持って続けなければ不意に襲ってくる事故の対応が難しいと思います。それに風呂に入らず過ごすわけですから、長くて5日、できれば3泊4日で終えてしまいたいところです」
「でも槍沢ロッジから南岳小屋となるとかなりの距離だが」
「私も午前6時に出発して午後4時ぎりぎりに着くという感じでした。午後4時までに山小屋に着かないと夕飯がいただけないんです」
「何だか強行日程という感じがするね」
「いや、このくらい余裕を持ってしなければ、最長5日間というのは守れないんです。悪天候の日がしばしばありますし、上高地から新島々までのバスもその日のうちに特急で帰阪すると考えると午後4時くらいのバスに乗られるのがいいと思います。タクシーという手がありますが、確か1万円近くかかったと思います。その日のうちに特急電車で帰阪というのが理想ですが、3泊4日で行けたなら、宿泊というのもありだと思います」
「で、藤沢さんは筋力トレーニングが必要だと思うんですね。どのくらいしたら、いいんでしょう」
「週に5日は1時間くらい腿上げをして、月に2回は比良山でトレーニングをする必要があります。7月の下旬に槍・穂高に行かれることをお勧めしますが、7月は少なくとも3回は本番と同じ重さのリュックを背負って比良山に登る必要があります。山小屋は朝食、夕食、お昼の弁当の世話はしていますが、それ以外は自分で持っていかないと行けないし、水もなかなか補給できません。それで自分で持っていくということになるので、重い荷物を背負ってのトレーニングも必要です」
「ツアーというのがありますが」
「私は参加したことでないのでよくわかりませんが、山登りは自分で計画して、ひとりから数人で登るのがいいと思います。達成感が違うと思います。グループで登る場合は他の人に迷惑を掛けないようにしなければなりません。そのためにはある程度の基礎体力は必要でしょう。おやおや、話し込んでいたら、着きましたよ」
山川は2駅乗り越してしまったことに気が付いた。登山靴を履いて頑強な身体をした藤沢の後姿を見て、とりあえず筋トレだけは続けていないと駄目だよなと言って向かいのホームに向かった。