プチ小説「中秋の名月は満月ではない」(超ビジュアル小説)

空田は仕事を終え、帰宅を急いでいた。空田には周りに人がいないと思うと声に出すという悪い癖があった。突然、しゃべり出して周りの人を驚かすという悪い癖が。
「あーあ、もう9時前か。お月さんも高くまで上がっている。昨日が中秋の名月で、今日が満月って言ったけど、満ちた月じゃなくても名月になるのかな。最近はスーパームーンが流行りで今日も満月だから、大きな月が見えるかなと思っていたけど今日はそうじゃないみたいだな」
駅前の商店街を通り抜けて右に曲がり坂道を下ると、視界が開けてくる。正面に真ん丸な予想より小さな月が見えてくると空田は声を出した。
「でも昔の人は月にうさぎがいるとか、獅子がいるとか言ってたけど、拡大した写真を見るとそう見えなくもない。でもぼくは女性の横顔に見えるけどなあ。最近、宇宙開発の話をよく聞くから、100年後には、こちらから見ると新しい模様が見えるようになるかもしれない。うさぎの横にかめがいたり、女性がつけまつげをしているかもしれないなぁ」
月は暗いところを歩くと輝き、明るいところを歩くと周りの光に溶け込んで少し暗く感じた。それでも信号灯や看板を照らす光より明るく清々しかった。
「人工の光の中だから、月の光は一層自然で輝いて見えるのかもしれないなあ。いつも感じることだけど、ここの六差路の信号はおもしろいなぁ。六差路の信号灯と月か」


「ここまで来ると家が近いんでほっとするけど、ここを境に天候が大きく変わるのは驚きなんだ。ここから100メートルほど家寄りのところで大粒の雨が降っているというのに、ここから駅寄り100メートルのところでは雨が止んでいて明るいということがよくあるんだ。もしかしたらここはパワースポットなのかもしれないなあ」
空田が50メートルばかり歩くと寿郵便局があった。
「ここらあたりは寿町と栄町といって験のいい街という感じだけど寿町と栄町を分ける道路がこの道路なんだ。昔、この道路の少し上に赤みがかったスーパームーンが大きく見えて、幻想的で、驚いたことを覚えている」

「今年の夏は曇り空ばかりで空を仰ぎ見ることはあまりなかったけど、美しく輝く清々しい満月を見ると、天空を見るのもいいもんだなと思う。月を見て、ドビュッシーの月の光やメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」序曲を思い浮かべる人は芸術家になる素養があるんだろうが、ぼくはやっぱり、月見団子だな。し、しまった。駅前の和菓子屋に寄るのを忘れた。...。こんな遅くまでやってるはずないか。また来年でも買って食べるさ」
空田は最初の信号を曲がると住宅街に入り、程なく帰宅した。