プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 人の言うことを聞かんと罰が当たる編」

わしがちいこい頃は親の言うことをよう聞いてええこにしとったもんやった。今ではこんなしがないおっさんになってしもうたが、わしは親に反抗して○○したとか、家出をしたとか、未成年で●●や▲▲したちゅーことはない。ふつーの青春時代を送ったんや。
そやから最近、以前小説の添削をしてくれとった友人から、君の書いてる小説なあ、段落が変わらんから読みにくいわちゅーふうに言われたもんで、こら何とかせなあかんと思うた。
だいたいわしの文体は、大学時代のドイツ語の先生から習ろうたもんや。ヘルマン・ブロッホちゅう意識の流れの小説家のやり方をまねしとる。『ウェルギリウスの死』を読んでもうたらようわかるんやが、ほとんど段落を変えんというやり方や。
ドイツ語の先生はこの本をわしに見せながら、段落が変わらんかったら、いらんこと考えんと文章に集中できるからええんやでちゅーとった。
わしが仕事でいつも書いとる業務日誌もほとんど段落を変えてへんから、こら趣味と実益を兼ねとるちゅーことなんかなと思っとったんやが、友人は読みにくいから、君の小説、最近読んでへんねんと言われて、少し工夫せなあかんなと思うたんや。
ほんでこんな書き方しとるんやけど、少しは読みやすうなっとるんやろか。船場の『こんにちは、ディケンズ先生』はふつーの小説で段落も普通にあるけどわしの小説に登場する時は段落を変えんで会話をしよる。これからどないするんか訊いてみたろ。
「おーい、船場、おるかー」
「はいはい、兄さん、私もこの通り、段落を変えました。それから会話の「」も付けました」
「そうか、そらええことや。お前も正してくれるんやな」
「そうですね。確かにこちらの方が正しいやり方と言えるでしょう。でも、私のような弱小で個人経営の小説家は何か変わったことをやらんと読んでもらえへんのちゃうやろかという強迫観念があって、何とかして目立とうと思うんです。でもこのやり方はええやり方ちゃうと言われたら、反抗的やとか言われたくないんで、そやったらやめとこかということになるんです」
「ほんなら、しばらくはこれで行くんやな。
「そうですね。こういうブロッホがやってるような文体もあるんやなということを十分に知ってもろうたと思うんで、今後はこういう書き方で行こうと思います。ただ私の小説は心の中を描くことが多いので、テンポのよい会話が続くというより、数行から十数行の地の文が続くことが多くなると思います」
「まあ、最初から最後まで段落なしちゅーのより、ええんとちゃう。ところでお前のウリは大阪で3年も暮らしたら身に着くいちびり精神や。これをなくしたらあかんでー」
「そうですね。文体は変わっても、いちびり精神に根差したユーモアは失ったらいけませんね」
「それから写真、クラリネット、山登りの体験談を取り込めるちゅーのもある。ネタに困ったら、写真やクラリネットの演奏をHPに掲載したらええ」
「確かにそうですね」
「最初の本の担当者が言うとったように10年は気長に待たんと芽ぇは出えへんと思う。それまで行き詰らんように試行錯誤したらええんやで」
「そうですよね」