プチ小説「掬星台(きくせいだい)で夜景を掬う」(超ビジュアル小説)

空田は、摩耶山の山頂近くの掬星台を目指して歩いていた。といってもケーブルカーとロープウェイを利用してだが。空田には大きな声で独り言を言うという悪い癖があった。
「一昨日、下見に来た時は午後3時過ぎだったのでほとんど人を見掛けなかったが、今日は午後5時を過ぎたからバスもケーブルカーもほぼ満員だった。そのほとんどがアベックか女性のグループだったな。きっと様々な色に輝く人工の光を見てロマンティックな気持ちに浸るのだろう。ぼくにはロマンティックな気持ちはあんまりないけど、高校時代に撮った美しい夜景をもう一度撮ってみたいと思ったのだった。下見の時は、広角レンズと望遠レンズを用意したけど、今夜は21ミリの超広角レンズも用意したんだ」
そんなことをつぶやきながら歩いていたが、ロープウェイの乗り換え時間が2分程しかないと言われたので、空田は駆け足でロープウェイ乗り場に向かった。

  

ロープウェイが到着し、掬星台の看板の前に来ると空田は再び独り言を言った。
「うー。それにしても、何て寒いんだ。10月中旬に摩耶山頂にあがるのだから、よおく考えたら上着を持って来ればよかったなぁ。Tシャツの上にポロシャツを着ただけでは、温かくもなんともない。まだ少しは明るいからすぐにカメラで撮る準備をしよう。まずは広角レンズで撮ってみるか。ほんとに夜景撮影には、三脚とレリーズは必需品だな。三脚を伸ばして、さーーーーぁ、とるぞーーーぉ。あれーーーーぇえ」
空田は予期せぬ事態に遭遇したのだった。空田の三脚は鞄に入るくらいの小型のもので高さは80センチ程だった。展望台の🌲🌲🌲のない開けたところでは、すべて1メートル以上の鉄柵があり、柵の上の手すりの上方から三脚にカメラを乗せて撮影することは諦めなければならなかった。空田は今まで自分の中で満ちていたやる気がプシュッと音を立てて抜けて行くのを感じた。
「やはり自分で三脚を持たないと柵の上から撮ることはできない。これではきっとブレブレになってしまうだろう」

  

「思った通りブレブレだ。夜景の撮影は無理なのか」
空田がへたり込んで、宝石のように輝く夜景を見ていたが、視線を下に向けると中国人らしい二人が柵の隙間から、足の長さが20センチほどの三脚を立てて、夜景を撮影しようとしているのが見えた。
「そ、そうだっ、これをパクろう」
空田の三脚は1メートル程伸ばして、そこで固定するようになっているが、脚が縮んだりして不安定だが6割くらいの長さにして、カメラの向きを上下させるレバーを柵の上のところにかかるようにした。
「これだと4点支持ということになるから、手ブレも少しは解消されるだろう。うんうん、手の震えが伝わりさえしなければ何とかまともに撮れる。こりゃー、無い知恵を絞った甲斐があったようだ。望遠レンズでも撮影してみるか」

  

「でも、やはり3枚に1枚くらいしかブレのない写真はできないなぁ。そうだISO(ASA)を2500に変えてみるか。ちょっと粗いな。800にしよう。いやいやそれより絞りを開放にした方がいいかも。露光時間が短くなるから、手ブレし難くなる。そんなことを考えていたら、水平線が傾いてきた」

  

「さて仕上げは超広角レンズで行くか。満月も一緒に写せるし、これは綺麗だぞ」

  

「うーむ、ハレーションが入ってしまった。月光だから光がかぶるとは思わなかったな。フードを付ければよかった。今日はたくさん課題ができたな。準備満タンじゃなくて、万端にして、またここに来よう。そしていつか、函館や長崎の夜景も撮ってみたいな。夢中になって撮ってたら、寒さを忘れたけど、早々に退散しないと風邪を引きそうだ。あー、さむぃいい。さむーぅ」

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