プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生26」
名曲喫茶ヴィオロンでのライヴを翌週に控えて、秋子は音楽仲間アユミと練習をしていた。
小川が練習しているスタジオに訪ねて行くと、秋子は練習をやめてアユミと一緒に小川のところに
やってきた。アユミは身長185センチくらいのがっしりした体格の女性だった。
「今、ちょうど練習が終わったところなの。アユミさんの伴奏はばっちり。わたしとの息もぴったり。
小川さんの作ってくれたチラシもすばらしいし、あとはたくさんのお客さんに来ていただけるようにと
お祈りするだけだわ」
「秋子とは中学の時から親しくしているけれど、こんなに練習したのははじめてじゃない。まぁ、短期集中
って感じかしら。小川さんのことは秋子から聞いているけれど、こんなにハンサムな人だとは思わなかった。
それだから少々のことは我慢できるのね。だって、持ち金1000円でデートする人って余りいないよ」
「そうですね。確かに。でも、学生気分でつき合うのもいいもんですよ。来週は楽しみにしています。なぜか
秋子さんは練習を見せてくれないんですよ。それとアンコール曲についても教えてくれないんです。何か
趣向を凝らしているのでしょう、シークレットだと言っているんです」
「そうよ、いろいろな仕掛けがあるのよ。小川さんの口が開いて塞がらなくなったり、腰が抜けて立てなく
なるような。うふふ。でも、ほんとにたくさん来てもらえるといいな」
「大丈夫さ」
「そうよ、心配なのは私がピアノにうまく腰掛けられるかどうかくらいだわ」
その晩、ディケンズ先生は陰鬱な顔で夢の中に出て来た。
「やっと私の出番だ。......。小川君、世の中には割に会わないことっていくらでもあるよね」
「薮から棒に何を言い出すんですか。しかも暗い顔をして。まさか今度のライヴで...」
「よくわかったね。そうなんだよ、少しアクシデントがあり、...なんだ」
「気になるじゃないですか。あれだけ、秋子さんが練習したというのに、失敗に終わるというわけではないんでしょ」
「実は私は君と私のことを考えて、来週の催しに少し細工をしたんじゃ。少し不愉快なことが起るが、落胆してはいけない。
君は「デエィヴィツド・カツパフィルド」を読み終え、次に「マーティン・チャズルウィット」を読むことになっているが、
今度のコンサートで秋子さんがライヴで大成功をおさめて、ふたりで抱き合って喜び合ったら、結婚へと突き進んで行く
にちがいない。そうなると私の本とは疎遠になることだろう...」
「先生、そんなことで僕の人生を変えないで下さい。一直線に幸福へと進ませて下さい」
「そうか、それなら、秘策を授けよう。ライヴで困ったら、こうすればいいんだ。ひそひそひそ」
「先生、ひそひそだけではわかりません」
「そうだったな。では...」
「なるほど、そうなんですか。わかりました」
「では、成功を祈る」