プチ小説「こんにちは、N先生18」
私は、年に4回LPレコードによるレコードコンサートを実施するのですが、東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンで行うため、前日から東京に行くことが多いです(前々日ということもあります)。品川駅に到着してから、最初に渋谷の名曲喫茶ライオンに向かいます。ヤマダ電機や東急百貨店の中にあるジュンク堂で時間を潰して、午前11時の開店少し前には名曲喫茶ライオンの入り口の前に立ちます。道玄坂を登り、百軒店商店街を通り、ライオンの近くまで来ると、なんと今日は千鳥格子のジャケットを着た黒縁メガネのN先生がおられました。
「先生、お久しぶりです。先生もライオンによく来られるのですか」
「いやー、なかなか、君に会えないんでレコードコンサートの前日の開店前にここで待っていたら会えると思っていたんだ。でも最近君は前日にここに来ないようだね」
「ええ、最近はLPレコードコンサートの前々日に東京に来ることが多いんです。そうするとここに来ないことになります」
「どうして」
「前々日に来るのは、『こんにちは、ディケンズ先生』の続編出版のため、幻冬舎ルネッサンス新社の担当の方と打ち合わせをするためです。土曜日は出版社がお休みなので、金曜日から東京にやって来るんです。翌日は東京の観光地なんかに出かけたので、最近はLPレコードコンサートの当日の朝くらいしか、ライオンに来なかったんです」
「なるほど、で出版はうまく行きそうなのかな」
「第3巻と第4巻を、無事母親の誕生日の3月4日に出版できると思います」
「『こんにちは、ディケンズ先生』はチャールズ・ディケンズへのオマージュの小説だから、今回もディケンズの小説の場面がいくつか出て来るんだろう」
「ええ、もちろん。第3巻では、『ドンビー父子』と『ピクウィック・クラブ』から、第4巻は『クリスマス・キャロル』『ニコラス・ニクルビー』からの引用があります」
「あんまり訊くとネタバレになってしまうかもしれないから、これ以上は訊かないけれど、これから先はどうするのかな」
「第5巻を30話くらい書いていたのですが、一からやり直すことにしました。5年くらいかけてゆっくり仕上げたいと思っています」
「今度はどの小説を紹介するのかな。やっぱり『デイヴィット・コパフィールド』なんだろうね」
「ふーん、先生は私の考えていることをお見通しなんですね。確かにこの小説は、第1巻で平田禿木訳を紹介しましたが、作品内容に深く突っ込んで紹介したわけではありません。ディケンズの最も面白い小説なのに、かなり消化不良だなという意識が私にはあります」
「それで、第5巻ですっきりさせたいというわけなんだ」
「それから、第5巻では深美の京都での生活を描くつもりなんですが、私の大学時代とダブらせて書こうかなと」
「とすると、私が登場することも考えられるのかな」
「そうですね。私の分身が深美の恋人役で登場するよりも、先生が一般教養のドイツ語の文法とリーダーの先生役で登場していただく可能性の方が高いと言えます」
「ブラボー、それなら、私が君の本に登場する、つまり日の目を見る日も近いというわけだ」
「でも、先生、既刊の本が売れなければ、元手もありませんし、第5巻の出版は5年後までに何とか資金を貯めてということになります」
「そんな展開になるなら、私もお百度参りをして君の本が売れることを祈ることにするよ。ところで私はどんな感じで登場するのかな」
「そうですね、私の経験と同じように衣笠(現在は、立命館大学前)のバス停で先生とお近づきにならせていただいて、バスの中でイギリス文学の話をするという感じになると思います」
「そうか、私が深美ちゃんと知り合いになれるんだ。で、その後はどうなるんだい」
「もちろん、深美は音楽活動で世界に羽ばたくという設定ですから、先生のお話をよく味わって心に刻んで、それから音楽に精進することになります」
「それだけなのか」
「ええ、それだけです」
「・・・・・・」
「そんなにガッカリしないでください。先生がそう言われるなら、もうちょびっとだけ出てもらいます」
「ちょびっとよりもちょっとくらいがいいな。楽しみにしているよ」