プチ小説「遠い昔の話」
本山は、久しぶりの東京出張で新大阪から新幹線に乗っていた。彼は、いつものように売店でお茶とおかきと新聞を購入した。彼は日経新聞を毎日読んでいたが、新幹線では毎日と産経を読んだ。大学生の奨学金の返済の問題についての記事を読んで、彼は隣の席に誰もいないことをいいことに独り言を行った。
<ぼくが大学生だったのは今から30年以上前だが、その頃は年間の授業料は40万円ほどだった。それで親から半分負担してもらって、残りを夏休み、冬休み、春休みのバイトで稼いで充当していた。最初は学期の間もバイトをしようとしたが、これだと語学の予習ができなくなり、どちらかと言うと語学が苦手な(と言うか大学レベルの語学は第2外国語もあるし予習なしでは話にならないだろう)ぼくは留年が確実と判断したのだった。それからは平日は精一杯大学生活を楽しみ、休日は語学や学科の予習をし、長期休暇はバイトをすると決めたのだった。これで何とか大学時代に借金をすることは免れたが、年間の授業料が140万円では奨学金なしのバイトだけでは難しいだろう。僕らの頃は、高校の頃の成績が優秀でなければ奨学金は借りられなかったけれど、最近は需要が多いためか、奨学金は割と簡単にもらえるようだ。でもいずれは返さなと行けないから...。仮に4年間で600万円借りたとしたら、年収の2倍くらいの借金が卒業時にあるわけだ。一般企業、公務員などに就くことができて、コンスタントに返金できたらいいけど、そうじゃなかったらどうなるんだろう。いや600万円と言ったけれど、いろんな付き合いも必要だし、生活費そうだ他の地方から来ている場合には下宿代もいるし、その倍くらいは必要じゃないのかな。ぼくが学生の頃は賃金が安かったから、授業に出ずに一所懸命働いても月に10万円くらいだった。もちろん語学の予習をしないから、どんどん授業から遠ざかっていく、ぼくらの大学では語学の単位取得が困難だったから、ほとんどの学生はまじめに予習していたようだったけれど...>
本山がそんなことを考えているうちに、京都駅に着いた。しばらくして一緒に研修を受ける上本が隣の席に座った。上本は本山より10才ほど若かった。
「本山さん、おはようございます。いつものことですが、難しい顔をして。何か悩みがあるんですか」
「いや、新聞記事を読んで、暗い気持ちになって...」
「朝から暗い気持ちになるんだったら、読まなきゃいいのに。で、何の記事ですか」
「奨学金の...」
「ああ、その記事ならぼくも今朝読みましたよ。年間の授業料が140万円と知って驚きました」
「これでは良家の子女しか大学に行けないんじゃないかな。家が貧しいと、大学に行けたとしてもほとんど授業に出られない。苦学して卒業したという言葉がぼくらの頃にはあったけど、今は親が相当裕福じゃないと大学に行けない」
「でも、国公立大学だったら、それこそ年間の授業料は40万円くらいじゃないかな。本山さんのように高校時代に遊んでいるといけないというのかな」
「それを言われると返す言葉がないが、仮に20才になって心を入れ替えて勉強するにしても、数学や理科は才能がないと難しいだろう。大学受験のためにもう一度一から習わないと駄目だと思う。ぼくらの頃の私立大学は、英語、国語、社会の3教科で受験ができた。これなら心を入れ替えて1年間みっちり勉強すれば、道は開けた。しかも借金しないで」
「でも今の時代仕方がないんじゃないのかな」
「ぼくが言っているのは、生活費のことじゃないんだよ。私立大学の授業料のことなんだ。貧しい家庭の20才前後の人の中には優秀な人材がいるかもしれないのに、大学に入ったけれど、授業料を捻出するためにほとんど授業に出られない」
「そのために奨学金があるじゃないですか」
「それでは社会に出たらすぐに大きな借金を背負うことになる。それでは駄目だよ」
「まさか本山さんの頃の授業料に戻せというんじゃないでしょう」
「まあそれは無理だろうけれど、新聞記事を読んで気の毒に思ったんだ」
「でも奨学金があるから安心して学生時代を過ごせると言えるから、あとは学生本人が与えられたチャンスをどう生かすかなんじゃないかな。チャンスはそう何度もやってこないですよ」
「そうかな、ぼくの考えが甘いのかな」