プチ小説「外国に行ってみたい」
「は、橋本さん、どうかされたんですか」
「やあ、田中君、今日は船場君が晴れて61才になったということで、われわれで何か船場君にためにしてあげられないかと思ったんだ」
「そうですね、船場さんには日頃からお世話になっていますからね」
「そうさ、彼のおかげでこうしてネット上で、田中君と会話ができるんだから」
「ところでわれわれの役割として船場さんが言えないことを対話の形で代弁するということがあります」
「田中君もそう思うんだね。なら、今日はどんなことを代弁する」
「船場さんは西洋文学が大好きでクラシック音楽が大好き。なのにヨーロッパどころか、アジアも旅行したことがない。このあたりのことについて船場さんの願望を語ってあげれば、少しはカタルシスの効果があるかもしれません」
「船場君はヨーロッパのどこに興味があるんだろうか」
「日本国内の旅行でも風景写真ばかり撮っている船場さんのことだから、多分、歴史的建造物に興味があるに違いありません」
「例えば」
「よく船場さんが言われるのは、ロマンチック街道のノイシュバンシュタイン城ですね。それからパリのエッフェル塔、バルセロナのサグラダ・ファミリア教会、これらの建造物を見て、写真を撮るのが最初にしたいことのようですね」
「ドイツとフランスとスペインかあ、駆け足で行っても1週間はかかるな」
「そんなー、まさか写真を撮るだけというわけにはいかないでしょう。それぞれ1週間くらいは滞在させてあげてください」
「でも年だから時間がない。何週間も同じところに滞在するというわけにもいかないだろう」
「そうですね。でも船場さんはクラシック音楽の本場ドイツやオーストリアでじっくりクラシック音楽を聴きたいという願望はあるようですよ」
「聖トマス教会やケルンの教会でオルガンを聴きたいと言っていたのは覚えているが、他にもあるのかな」
「例えばウィーンなんか、2、3週間いればいろいろな体験ができるんじゃないでしょうか。そこここを歩いて回って、すばらしい音楽が聞こえたら、じっとしていて耳を澄ますというのだけでも、船場さんのことだから楽しまれるんじゃないかな。楽しい写真も山ほど撮れるでしょうし」
「他の国はどうだい。イギリスなんか」
「もちろんディケンズが作家として活動したロンドンを訪ねたいようです。『こんにちは、ディケンズ先生』が売れたら、主人公をロンドンに行かせたいようですよ」
「まあ、売れることはないだろうが、願望だけは大切にしないとね。ロンドンにはどんな歴史的建造物があったかな」
「ビッグベンがありますが、船場さんは買い物に興味があるようですよ」
「それはなにかな」
「ひとつはディケンズの登場人物が印刷されたはがき。これは故荒井良雄先生から『骨董屋』の登場人物クウィルプが描かれたはがきを送っていただいたからで、収集癖がある船場さんはできるだけたくさんのディケンズの小説の登場人物が描かれた絵葉書を集めたいと考えられておられるようです。それからもうひとつはアナログレコードの購入です」
「そう言えば、ベルリンにグラモフォンがあるように、ロンドンにはEMIとDECCAがあるね。でも日本みたいに中古レコード屋でレコードを漁るというようなことができるのかな」
「ロンドンにはチャールズ・ディケンズ博物館があるので、船場さんは是非そちらにも行ってみたいと言われていました」
「まあ、船場君のことだから、自宅でレコードを聴いている方がいいと言ってごまかしそうだけど、われわれのネタにもなるので、ロンドンくらいは行ってほしいね」
「ぼくもそう思います」