プチ小説「こんにちは、N先生19」
私は、今年の3月に2度東山にある将軍塚に行ったのですが、眺望の良いと言われるそこからの眺めが気に入り、桜が満開の頃にはどんな景色になるのだろうと、地下鉄の蹴上駅で下車しタクシーで将軍塚に向かったのでした。坂が急勾配になる辺りで何気なく外を見るとN先生がサイクリング車に乗って一所懸命ペダルをこいでおられるのが見に入りました。私は多分、N先生が将軍塚まで来られると思ったので、山門の手前でタクシーを止めてもらい。料金を払って下車したのでした。20分ほど待っているとN先生が自転車を押しながら私のところまでやって来られました。
「先生は最近自転車で京都のあちらこちらに行かれるのですか」
「いやー、最近、君が将軍塚に凝っているという情報をゲットしたので、今日あたり来るんじゃないかと思ったんだよ」
「す、凄い推理力ですね」
「推理力というより、執念と言ってほしいね」
「・・・・・・」
「ところで『こんにちは、ディケンズ先生』に私を登場させてくれるという話、あれはどうなったんだい」
「まだ、先になります。深美が3回生になってからです。チャプター3まで書きましたが、深美はまだ2回生です」
「そうか、それじゃー、もう少し待つことにしよう。ところで君は最近、村岡花子訳の『炉端のこおろぎ』を読んで、プチ朗読用台本を書いてみたいと思ったようだが...」
「ええ、ディケンズの長編小説からプチ朗読用台本を作るのはこれ以上無理かなと思ったんですが、『炉端のこおろぎ』なら、なんとか作れそうな気がしたんです」
「長編小説からは無理なのかな」
「そうですね。私も、『マーティン・チャズルウイット』『ドンビー父子』『ハード・タイムズ』『互いの友』で朗読用台本を作成できるように頑張った時期もあるのですが、どの小説も台本で取り上げたい場面を見つけ出すことができませんでした。それでその代わりになるものはないかと、『大いなる遺産』と『デイヴィッド・コパフィールド』を読み返したのですが、やはり見つかりませんでした。『炉端のこおろぎ』は本多彰顯訳で読んだことがあったのですが、内容がわかりにくく、理解できませんでした。でも最近読んだ、村岡訳はストーリーがよくわかり、これなら台本にしても面白いだろうと思ったのです」
「最近、君は『ボズのスケッチ』藤岡啓介訳を読んだようだが」
「いえいえ、さっと見ただけという感じです。実はよく理解できなかったんです。でも1つだけ、じんとくる短編がありました」
「それは何かな」
「『黒いヴェールの婦人』という短編小説で25ページほどのものです。ディケンズは『荒涼館』という小説にアラン・ウッドコートという医師を登場させて奮闘努力をする様を描いていてよい印象を残しますが、この小説に登場する若い開業医の行動も読後に快い印象が残ります。他の短編がどちらかと言うと皮肉っぽい、辛辣なところがあるユーモア小説という感じなのにまったく異質です。この短編だけがまじめな無駄がまったくない小説という感じです」
「君が言うように『黒いヴェールの婦人』というのは優れた小説なのかもしれない。もしかしたら、この小説以外にも、君を感動させる短編小説があるかもしれないよ」
「そうですね。ディケンズの短編小説には翻訳されていないものもありますし、いつかそれが日の目を見ることを待つことにします」
「そうだね、それでその中にプチ朗読用台本にできるものがあれば、台本にするといい」
「ええ、まだ翻訳されたことがないディケンズの小説の翻訳を読んで、また感動出来たらいいなと願っているんです」