プチ小説「107ソングブック(107 SONG BOOK)を讃えて」

京都円山公園の中の枝垂れ桜の前のベンチで、満開の枝垂れ桜を見ながら60才くらいの男女が会話を交わしている。
「来週の土曜日に「昼下がりコンサート2020」というのがあるというので、チケットを購入したけど、中止になったみたいね」
「本当に残念だよ。久しぶりに107ソングブックの歌が、円山公園音楽堂で聴けると思ったんだが...」
「私もよ、出演が七人の会バンド、坂庭ブラザーズ、我夢土下座他って書いてあるから、七人の会を運営していた人が中心になって、亡くなられたナターシャセブンのメンバーの坂庭省吾さんのご家族や仲間の方、そして故笠木透さんの友人の方たちがコンサートを盛り上げただろうに...」
「ところで君はナターシャセブンのどの曲が好き?」
「私は高石ともやさんや妹のとし子さんが作られた「春を待つ少女」「街」「明日になればね」「谷間の虹」「涙色の星」なんかも好きだけど、笠木透さんとその仲間の我夢土下座がレパートリーにしていた「私の子供達へ」「わが大地のうた」「川のほとり」「めぐりあい」「青春の歌(さよなら)」なんかも好きだわ」
「ぼくは笠木さんが作詞して、高石さんが作曲した「君かげ草」も好きだなー。我夢土下座と言えば、フィールド・フォークVol.1からVol.3までのアルバムもよく聴いたよ。107ソングブックの曲の半分は、高石ともやさんがアメリカ滞在中に興味を持った曲に歌詞をつけたものだけど、これが本当にいいんだな」
「そう、中でもカーターファミリーのレパートリーに歌詞をつけたのは、ナターシャセブンの素朴な演奏と合っていたわ」
「「陽気に行こう」「わらぶきの屋根」「森かげの花」なんかだね。アメリカの曲と言えば、バンジョー奏者の城田さんやフラットマンドリン奏者の坂庭さんが中心になってブルーグラスをやっていた」
「私は、映画「俺たちに明日はない」で聞いて「フォギー・マウンテン・ブレイクダウン」って曲を知っていたんだけど、城田さんが軽々とその曲をバンジョーで演奏するのを聴いて、日本人でブルーグラスができる人がいるんだと思ったわ」
「彼らのブルーグラスの演奏と言えば、坂庭さんのギターがリードする「ブラック・マウンテン・ラグ」も好きだな」
「私たちは、近畿放送(現KBS京都)の日本列島ズバリリクエストのパーソナリティーをナターシャセブンがやっていて、彼らの番組の中での生演奏でこれらの曲を知ったわけだけれど、午後11時から始まる番組だったので毎回聞くというわけにも行かず、最初の40分くらいしか聴けなかった」
「ぼくなんか、ナターシャセブンの音楽が大好きだったから、夜中の1時、2時まで聴いていたこともある。でもぼくが高校2年生の秋に彼らから別のパーソナリティに変わった。彼らの音楽を始めてズバリクで聴いたのが、その前年の12月だったと思う。だから彼らのズバリクでの演奏を聴いていたのは、1年にもならない。それでも40年以上たった今も彼らの演奏が心の中で響いて懐かしい気分になることがある」
「それから彼らはどうなったの」
「やはり同じ曲目をずっと続けるわけには行かない。「孤独のマラソンランナー」などコミックソングを歌っていたこともあるけど、春にある昼下がりコンサートと夏にある宵々山コンサートに力を入れていた。ズバリクをやめてから、永六輔さんとNHKテレビに出たり、全国各地で107ソングブックの歌を歌っていたけれど、ナターシャセブンにとって2つの大きな悪い出来事があった。ひとつはナターシャセブンのサウンドを華やかなものにしていた木田たかすけさんが脱退してすぐに交通事故で亡くなったこととプロデューサー兼マネージャーの榊原詩朗さんがホテル・ニュージャパンの火事で亡くなったことで、これで他のメンバーを繋ぎ止めるものが全くなくなった。翌年には城田さんも脱退した。ぼくは当時苦労して大学に入った頃だったから、彼らの音楽を聴いている時間がなかった。もちろん彼らの活動も、状況も知らなかった」
「そうして今日になったってわけね」
「いや、今から7年半ほど前に高石さんと城田さんが大阪でライヴをしてカーターファミリーの歌を歌った時は会場にいた」
「それで、どうだったの」
「坂庭さんはその10年ほど前にに癌で亡くなられたし、その時のライヴでは笠木透さんの歌も歌わなかったので、物足りなかった。やはり4人のメンバーが揃って、107ソングブックの歌を精選して歌うというのが...」
「それに坂庭さんのギターやフラットマンドリン、城田さんのバンジョー、木田さんのベースやピアノやサックスやフルートがあって初めて、107ソングブックの歌が生きるんじゃないかしら」
「でも今から45年ほど前にラジオにかじりついてナターシャセブンの生演奏を聴いていた人が、円山公園音楽堂で一緒に「私の子供達へ」や「街」なんか歌うのも楽しいし、意義のあることだと思うけど」
「高石さんや城田さんも一緒だったら、もっと楽しいでしょうね」
「そりゃー、そうに決まっているさ」