プチ小説「山登りはえ~よ」

感染症の拡散防止のためいろんな活動が制限されているけど、今のところ山登りやジョギングなどは制約されていないようだな。でも、今よりもっと状況が悪くなったら、外出禁止ってことにもなるかもしれない。3月には東京に行くことを中止した。クラリネットのレッスンも受けられなくなっている。今のところの唯一の楽しみは5月初旬に比良山に行くことだが、そもそもぼくが楽しみで計画を立てて山登りを始めたきっかけは何だったんだろう。昔から歩き回ることが好きで、学生時代や大学卒業後は京都のあちこちに出かけていた。40才の頃に何か新しい体に良いことを始めようと金剛山に上ったのが初めだったと思う。5回くらい登ると他の山にも行ってみたくなり、ガイドブックを購入して、関西のいくつかの山に登った。この頃は観光気分で登っていたから、登山靴はまだ買っていなかったかな。それでも伊吹山、葛城山、摩耶山、大台ケ原、御在所岳、藤原岳、剣尾山なんかでは、ほとんど人と会うことなく長い時間歩いた。葛城山の頂上で山岳会に所属する男性に会い、コーヒーをごちそうしてもらった。労働組合の山岳会に所属する人で、その山岳会では中高年の会員が多いので、山登りというよりハイキングに近く、4月になったら、吉野にお花見に行くので一緒に来ればよいと言われた。連絡先を教えてもらってその日が来るのを待っていたが、急に仕事が忙しくなり、行けなくなった。その方の指導を仰いでいたら、その後比良山でトレーニングして槍、穂高や八ヶ岳登山という発想にはなっていなかっただろう。
たくさんの人と交流して山以外のことでお付き合いするということも可能だったけれど、自分で計画して一人で登山したかったので、それから3年して仕事が落ち着いてきた時に中級者向けと言われる武奈ヶ岳に登ったのだった。比良山系の最高峰武奈ヶ岳は、2003年4月まではリフトとロープウェイを利用して武奈ヶ岳山頂から歩いて1時間位のところまで行くことができ、数回利用したことがあったが、その時はJR比良駅からずっと歩いて登ることにした。初めて登山靴を履いて山道を歩いてみて、足がガクガクとなり、とても登山ができる筋力でないことに気が付いた。筋力トレーニングは腹筋くらいしたしなかったのを、それからは空手の指導者から指導していただき腿上げを始めた。1時間続けて腿上げができるようになると飛躍的に脚力がつき、2回目の武奈ヶ岳への登山もそれほどしんどいものではなくなった。金剛山から葛城山への縦走も顎が上がらなかった。これで槍、穂高への登山も視野に入って来た。
槍、穂高にどうしても登りたいと思ったのは、前年に槍沢ロッジの近くの広場に設置していた望遠鏡から槍の穂先を見たからで、槍の穂先を上り下りする登山者を見て、自分も梯子を上ってみたいと思ったのだった。その年の槍、穂高へのアタックは7、8回武奈ヶ岳に登ったおかげで、雨中の登山でもへこたれずに登ることができた。実際武奈ヶ岳登山の際に2度ひどい雨に遭ったことがあった。山の天候は変わりやすいとよく言われるが、その時も下山すると晴れていて、自分だけがずぶ濡れというのが恥ずかしかったのを記憶している。
比良山系は、有名なびわ湖バレイの他、蓬莱山があって、縦走もできる。2009年にはゴールデンウィークの連休を利用して、3日間比良山系を楽しんだ。荒川峠から小女郎ヶ池に回ってJR蓬莱駅に下りたり、大津ワンゲル道から釈迦岳に登り、北比良峠を経由して堂満岳、ノタノホリ池に回った。釈迦岳から寒風峠を回ってJR近江高島駅に下りるというのもある。比良山系の登山が楽しいのは琵琶湖が見えるからで、琵琶湖がまばゆく輝く時には登ってよかったと思うんだ。
比良山でのトレーニングに励んだおかげで、7回槍、穂高登山から無事帰還することができた。トレーニングで厄年を過ぎてから50才過ぎまで15キロ近い荷物を背負って険しい山道を登り下りすることを可能にしたが、突然の天候の悪化への対応ができるようになったことも大きいと思う。7回槍、穂高に登って4日間ずっと雨に遭わないということはなかった。2日目に南岳小屋までたどり着いたが、酷い雨でそれ以上進むのを諦め下山したことが2回あった。大キレットを通ったのは4回でその先の穂高岳山荘まで行けたのは2回で、ずっと雨具を身に着けたまま下山したり、重い荷物を背負って時には稲光がする中を走ったこともあったんだ。
山小屋なんかで知り合いになった人と一緒に登ることもあるけれど、基本は自己責任で自分の体力、道具と相談して効率的な登山をして無事に帰宅する。怪我をしないことが何より大切だけれど、決められた時間(僕の場合は4日間)で帰ってくることも大切だから、2日目、3日目の夜は進むか、帰るか決断しなければならない。7回の登山で、奥穂高から先(―前穂高―岳沢―上高地)は行けなかったけど、厄年を過ぎてからの挑戦だったので、やりたいことはやったと言える。初めての槍、穂高登山でそこここにアイスバーン状の氷があってつるつる滑る氷河公園に間違って行ってしまって怖い目をしたり、3度目の登山でザイデングラードを歩いていてすぐ近くに雷が落ちたり、最後の登山で大喰岳あたりで道に迷って1時間同じところを行ったり来たりしたけど、それ以外は楽しい気分で満ちていた。感染症が流行っているし、今の時期は基礎体力をつけることくらいしかできないけど、今の努力が将来に繋がるのだから、経験者として、初心者の人には地道に頑張ってと言いたいんだ。