プチ小説「オペラはえ~よ」

新型コロナウイルスの蔓延で、全曲聴くのに2~3時間かかるオペラを聴き気になれない。ぼくの場合、クラシックはインストゥルメンタル(器楽)曲ばかり聴いていたけど、いつからかオペラを少し聴くようになった。そもそもいつからぼくはオペラを聴くようになったんだろう。ぼくがクラシックを聴くようになったのは、今から42年前、浪人1年目の時だった。その頃、NHKFMで器楽曲を聴かせてくれる番組がたくさんあった。午前8時から9時までの「音楽の部屋」、午前9時から10時40分までの「音楽のすべて」、午後1時から3時までの「名演奏家の時間」が放送されていた。音楽評論家やアナウンサーが詳しい解説をしていたから、この時期に放送を聴いてクラシックファンになった人がたくさんいると思う。ただオペラや声楽曲はあまり需要がなかったのか、オペラだけを放送する番組は日曜日の午後の「オペラアワー」くらいだったと記憶している。インストゥルメンタルのクラシック番組は家にいる時は必ず聴いていたが、「オペラアワー」はあまり聞かなかった。というのも、歌劇の中では歌唱のシーンが続き、有名なアリアが歌われる場面以外は退屈で2時間以上通して聴く必要があるのかと思ったからだった。ぼくはそう思って、楽しい序曲や前奏曲や間奏曲、それから有名なアリアをチェロやトランペット演奏用に編曲したものをたまに聴いていた。特にカザルスが演奏したワーグナーの「タンホイザー」から「夕星の歌」、モーリス・アンドレが演奏したモーツァルトの「魔笛」から「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」はよく聞いた。他にもオペラの有名なアリアを紹介する番組で、モーツァルト、ロッシーニ、ヴェルディのアリアを聴くことがあったが、オペラ全曲を聴いてみたいと思ったことはなかった。有名なアリアが歌われる場面以外は退屈と思ったからだった。そんなぼくも、30才を過ぎた頃に一度オペラを通して聴いてみたいと思った。それで序曲が有名で、夕星の歌が出て来る。ワーグナーのタンホイザーのレコードを買ってみた。サヴァリッシュ盤だったが、序曲の途中で歓声が入ったりして驚いたことを覚えている。序曲の盛り上がりが素晴しく、友との再会の場面、巡礼の合唱、ヴァルトブルク城への入場行進、歌合戦、タンホイザーの死などほとんど絶えることなく、馴染みやすいメロディーが続いた。それでワーグナーなら聴けるかなと思って、クナッパーツブッシュの「パルジファル」のレコードや「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のCDを購入したが、馴染めなかった。モーツァルトもスイトナーの「魔笛」は、浪人時代にNHK教育テレビで日本公演を放送していたこともあり、たまに通して聴いていたが、「フィガロの結婚」「コシ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョヴァンニ」のよさがわからなかった。ぼくがオペラをそれまで以上に聴くようになったのは、ロッシーニの「セビリャの理髪師」のDVDを見てからだった。アバドが指揮したもので、物語の内容がよくわかり、ベルガンサやプライの歌唱も素晴らしかった。それでぼくは日本語字幕ありのDVDでオペラの内容を理解しながら見れば、もっとオペラをより良く理解できるんじゃないかと思った。それまでにもヴェルディの「椿姫」「トロヴァトーレ」、プッチーニの「ボエーム」は曲が素晴しいので、いくつかのレコードを買っていたが、ヴェルディをじっくり聴いてみようと思い、「アイーダ」「仮面舞踏会」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロ」「ナブッコ」「ファルスタッフ」「リゴレット」をレコードで聴いたが、もうひとつのめりこめなかった。ただカラヤンの「ドン・カルロ」のDVDは素晴らしかった。その後もカラヤンのR.シュトラウス「ばらの騎士」、メータの「ニーベルングの指輪」全曲など楽しいDVDも観たが、サヴァリッシュの「タンホイザー」ほどワクワクしたものはない。恐らくこのレコードが面白いのは、タンホイザーを演じるヴィントガッセンの熱演が光るからなんだろう。ヴィントガッセンはカイルベルトが指揮するバイロイト音楽祭の「ニーベルングの指輪」でジークフリートを演じていて、こちらも一度聴いてみたい気がするが、高額なので手が出ないだろう。ワーグナーの楽劇をオペラハウスで鑑賞すれば、その虜となって毎年バイロイト音楽祭に行くという立派なオペラ・ファンになれるんだろうけど、しがないぼくはガイドブックで調べて、DVD、CD、レコードを鑑賞するしかない。でも、一生に一度くらいは日本であれ、外国であれ、ドイツのオーケストラの「タンホイザー」全曲を鑑賞したいと思っている。