プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生29」
名曲喫茶ヴィオロンでのライヴがあって2週間して、小川は渋谷で秋子と待ち合わせた。秋子からの希望で、午前11時に名曲喫茶
ライオンで待ち合わせて
、近くのレストランで昼食を食べることになっていた。
「ライオンは午前11時開店だから余り早く行っても、開店を待たなければならない。それでももう10分過ぎたから、大丈夫だろう。
秋子さん来てるかな。うっ、あれはもしかして...、でもそのとなりに誰かいるなぁ」
小川が店内に入り右手見ると入口の方に向かって秋子が座り、その向かいに大柄の女性と中背の男性が腰掛けていた。
「あら。小川さん、遅かったのね。私としては開店前に店の前にいて、開店したらエスコートしてもらえると思っていたのに...。
そうそう、先にこちらのアユミさん夫婦に挨拶してもらおうかな」
「アユミさん夫婦?」
「そうよ、アユミさんは大学進学で東京にやって来て、大学卒業後すぐに結婚したの。仲のよい夫婦で、私。いつも
うらやましく思っているの」
「やあ、小川君、私は大川と言います。この前はアユミがお世話になりました。実は私も会場にいたんですよ。これからも秋子さんの
サポートをしたいと言っているので、是非よろしくお願いします。秋子さんの練習に何度か立ち会わせていただいたが、クラリネット
の音色がすばらしいし、この人には人を引きつける何かがある。私も是非、応援したいと思っているので、何なりと相談して下さい。
それから誤解のないように言っておくと、この前のことは酒を飲んでのことと思ってほしい
。アユミは少しのアルコールで変わって
しまう。様子を見にやってくるとちょうど君がアユミと握手をしているところだったが、不自然だったので、すぐに二人で名曲喫茶
ヴィオロンを出て帰途についた。帰り道に話してくれたが、よく覚えていないが迷惑をかけたかもしれないと言っていた」
「気にすることないですよ。それよりここを出ましょう。名曲を鑑賞しているお客さんの迷惑になるから」
秋子は東京駅に行く山手線の電車の中で、小川の手の上に自分の手を乗せて言った。
「小川さんも私と同じ気持ちでしょうけれど、仕事をやめるわけにいかない。でも、愛しい人を手放したくないと思っている」
「秋子さん」
「そうして、月日は流れて行く。ねぇ、何か救いになることはないものかしら」
「そうだなぁー。......」そう言って、小川が何気なく外を見ると、暗闇の中にディケンズ先生が現れ、小川に何かを仄めかしていた。
ディケンズ先生は、何か期限を切って、その時に行動を起こすように言えと言っているようだったので、小川は、
「そうだ、今、読んでる、「デエィヴィツド・カツパフィルド」を読み終え、次に「マーティン・チャズルウィット」を読んだら」
「読んだら...」
「結婚しよう」
「まあ、うれしいわ。きっとよ」