プチ小説「青春の光91」

「は、橋本さん、どうかされたのですか」
「いや、どうも最近、空手の練習が十分できなくて、身体が鈍ってしまったんだ」
「そうですよね。コロナの影響で、複数の人が集まっていろんなことをするのが御法度なんですから、空手の稽古もできませんよね」
「それはそうなんだが、6月になると大分と緩和されると思うから、一安心というところさ」
「そう言えば、船場さんは、高槻市立図書館が平日だけ開館ということになったので、一昨日、自分の著作を持って行かれたようですね」
「そうなんだ。船場君の場合、今のところはそういった地道な努力をするしかないから」
「でも、いつまでこんな状態が続くんでしょうか」
「こんな状態というが、船場君は『こんにちは、ディケンズ先生』を出版して、たくさん恩恵をいただいたということを認識しているはずだよ」
「ディケンズ・フェロウシップでたくさんの方たちと交友関係が持てました」
「そうそれはかけがえのないものだと思うよ」
「われわれをはじめ、プチ小説に登場するキャラがたくさん産み出されました」
「そうだ。船場君の小説は私小説だから、自分の性格や容貌や渇望を反映させたキャラを作って、自分の意見を代弁させる。それには、特に田中君と私は欠かせないわけだ」
「公立図書館に自著受け入れてもらうためとかこつけて、全国の図書館巡りをしたというのもありますね」
「残念ながら、今は他府県への移動が禁じられているが、解禁になったら、船場君は旅行を兼ねて、彼方此方に自分の本を持って出掛けることだろう」
「出版して、船場さんはたくさんの友人の方から、励まされていますよね」
「確かにそうなんだ。それで船場君は満足すればいいんだが、彼は欲張りだから他にも夢があるようだ」
「プチ朗読用台本のことですか」
「そう、それもひとつさ。船場君は本の知名度がもう少し上がったら、ディケンズの業績をもっと知ってもらうために、ディケンズの小説を抜粋した台本の朗読会をしたいと思っている。故荒井良雄先生から、船場君の台本の朗読をしてもらえる俳優さんを紹介してもらっているから、話は早いと思うんだ。ただ今のように本が売れないようじゃあ、依頼しようと思っても何もない」
「例えば何が必要なんですか」
「まずは定期的に東京に行くか、東京を活動の場にしてその方と密に付き合うことが大切だろう。そうしてその方との間に信頼関係が出来れば、朗読用台本だけでなく、自著も読んでもらえるかもしれない」
「夢のような話ですが、他にも船場さんがやりたいことがあるんですか」
「そりゃー、もちろん著作をたくさん出版したいというのがあるだろう。『こんにちは、ディケンズ先生』が売れて、他の本も出そうということになれば、船場君は幸せいっぱい、夢いっぱいということになるだろう」
「他にもあるんですか」
「そりゃあ、クラリネットを親しい人のピアノ伴奏で吹きたいとか、槍・穂高登山をしたいとか、函館の夜景を撮りたいとか、奈良の山奥で天の川銀河のガイド撮影をしたいとか、ステレオ装置をグレードアップさせてレコードを朝から晩まで聴いていたいなどなど彼の欲望は山ほどあるが、すべてはお金と時間が制約される」
「そうですよね。でも『こんにちは、ディケンズ先生』が売れたら、お金の問題が少し解消されるということですね」
「そう、懐具合がよくなるほど本が売れたら、知名度も相当なものになるだろう。他方、船場君は、精一杯頑張ったとしても、活動の期間は20年くらいだろう。その時間をいかに有効に使うかになるんだ」
「自分が好きなことをしていたらいいというわけにはいかないんですね」
「そうさ、幸運にも売れたとしても、大阪と東京を行ったり来たりして、時間に追われることになるだろう」