プチ小説「ディケンズはえ~よ」

新型コロナウイルスの蔓延で、毎日閉塞感が漂い、不安な毎日を過ごしている人が多いが、こんな時こそ生涯の友となる本を読むことが大切だと思う。ぼくは長年西洋文学に親しんできたけど、18~19世紀のイギリス文学が日本人の心情に合っているように思うんだ。オースティン、G.エリオット、ブロンテ姉妹も面白いけど、登場人物が多彩で興味深いということがあって、ぼくはディケンズの小説中心に読んできた。といっても14の完成された長編小説の中には、すべての人が読んでほしいと思うものもあれば、そうでないものもある。ディケンズの小説の中で、どれがお勧めですかと尋ねられれば、まず思い浮かぶのは、『大いなる遺産』なんだ。ディケンズが最も円熟していた時期の小説で、この頃、『二都物語』も書かれたので、『二都物語』も文豪らしい小説と言えるが、悲劇なので、読後少しほろ苦さを感じるかもしれない。読後に達成感を感じたいのなら、最も長い長編小説『デイヴィッド・コパフィールド』だろう。際立った登場人物が何人か登場して物語を盛り上げて行くから、読み始めたら、時を忘れて読みふけることだろう。毎日ページをめくるのが楽しみになるにちがいない。この3作を読めば、十分ディケンズの小説を楽しんだということになるが、その次に読む小説をどれにするかというのが、意見の分かれるところだ。若々しい小説家に成り立ての頃のディケンズの作品を読んでみたいと思うなら、『ピクウィック・クラブ』を勧める。ディケンズの小説によく登場する、頑固だけれどユーモアセンスのある紳士の原型がピクウィック氏だと思う。最後の方で盛り上がるということはなく、クラブの解散で終わりとなるのは物足りないが、ピクウィックという親しみの持てるキャラクターを生み出したというディケンズの功績は大きい。社会派のディケンズとして評価が高い小説が、『オリヴァー・ツイスト』で、この小説により多くの貧しい身寄りのない子供が救済された。救貧院や貧民街の少年に対し改善の動きが見られたからだが、小説の内容も、後のディケンズの小説によく見られる勧善懲悪もので、辛い思いをしたオリヴァーがお金持ちの善人に救われ、悪人はすべて罰を受けることになる。この後ディケンズは、『ニコラス・ニクルビー』『骨董屋』『バーナビー・ラッジ』『マーティン・チャズルウィット』『ドンビー父子』を『デイヴィッド・コパフィールド』を出版する前に出版しているが、この頃の小説に傑出した登場人物はおらず、感動的な場面も少ない。『デイヴィッド・コパフィールド』が出版された後に、『荒涼館』と『リトル・ドリット』が出版されるが、いずれも登場人物が丁寧に描かれていて、興味深い場面も多い。しかもともに主人公の結婚というハッピーエンドで終わるので、興味を持って最後まで読み終えることが出来ると思う。他に、『ハード・タイムズ』と『互いの友』があるが、いずれもディケンズらしくない小説と私は考え、お勧めはしない。まとめるとディケンズの三大小説と言える『大いなる遺産』『二都物語』『デイヴィッド・コパフィールド』を読んだ後、『ピクウィック・クラブ』と『オリヴァー・ツイスト』を読み、『荒涼館』と『リトル・ドリット』を読むのが、よいと考える。さらにディケンズを読みたいと言われる方には、薄幸の少女ネルがたくさんの読者を泣かせたと言われる『骨董屋』、悪人の叔父に敢然と立ち向かう『ニコラス・ニクルビー』、ミステリー小説のような『バーナビー・ラッジ』、主人公が悪人であるがその娘が好印象の『ドンビー父子』も一度は通読しておきたい小説だ。ぼくがはじめてディケンズに触れたのは、今から40年くらい前だけど、その頃は読解力がなく、半分も理解できなかった。それでもシドニー・カートン(『二都物語』)やピップ(『大いなる遺産』)が登場するところはわくわくしながら読んだし、ピクウィック氏やミコーバー氏(『デイヴィッド・コパフィールド』)が登場するところは楽しく読んだ。後世の人の多くを楽しませ、感動を与えているこの文豪のことを少しでもたくさんの人が知ってくれたらと願う。