プチ小説「東京名曲喫茶めぐり ルネッサンス編」

「さっきのおそば美味しかったね。今度はどこにいくの」
「ここ高円寺には、ネルケン、ルネッサンスと2つの名曲喫茶があるけど...」
「ルネッサンスでしょ。だって手紙ではルネッサンスのことしか書いていないんだもの。
 ヴィオロンのマスターから話を聞いて、訪れて、月に1回は来ているって書いてあったから。
 昔、中野にあった名曲喫茶クラシックのオーディオ機器やレコードが使われていて、それから
 クラシックのマスターだった人の思い出の品がたくさん店の中に飾られてあるって書いていたよ」
「そうだったね」
ふたりは入口を入ったところでジュースを注文すると右手にある席に腰掛けたが、たろうは
白い馬の首の彫刻(オブジェ)が気になって仕方がなかった。
「少し窮屈かもしれないが、ここではここが特等席だ。ここでは今日のために持参したレコードを
 掛けてもらおうと思う。さあ、ジュースが来た。すみません、これのA面をお願いします。
 今から掛けてもらうのは、カザルス・トリオのメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番なんだけど、
 ここではSP時代の録音をLP化したものや1950年代のレコードを聞くのが心地よい」
「どうして」
「やはり、オーディオ装置でよく再生したのがその頃の音だったからだと思う。ノイズが少し気になる
 かもしれないけど、眼を閉じて当時に思いを馳せ、クラシックで聞いている気になって耳を傾けるのも
 一興じゃないかと思う」

「なかなかいい曲だろ」
「ええ、ほんとにそう思います。でも、ぼくも何か聴きたいな。ギーゼキングの子供の情景(シューマン)
 なんてあるかしら」
 毛利は席を外すと店員に話をしに行った。
「次に君のリクエストを掛けてほしいと行ったら、すぐに掛けますと言ってくれたよ。たろうくんの
 リクエストはこの店の雰囲気に合っていていいと思うな」
「そうでしょ」
たろうはそう言って、うれしそうに店のリクエストを書く黒板へと向かった。