プチ小説 「座談会 「えげつなー」 について考える」

「こんにちは、「青春の光」で橋本さんの相方をしている、田中です。今回も船場さんのプチ小説に登場するアグレッシブな人たちで言葉の使い方などについて熟慮する座談会をすることになりました。今回は、「えげつなー」ということなんですが、どうですか、橋本さん」
「普通は、「えげつない」と言うのだろう。意味は(待遇や状況が)ひどいと言った意味だが、よく言われるのが、関西人は、「えげつない」人や「がめつい」人が多いということで、このような言葉が出来たんじゃないかと思うんだが、いちびりさん、あなたはどう思われますか」
「あんたが言うように、関西人の中には、えげつない人やがめつい人はようさんおる。そやけどこの言葉は関西の人が自分の周りの人を評価して、えげつないとかがめついと思うたんで、標準語の中にはめ込まれるとちょっと違和感感じるなぁ」
「と言うと」
「もともと関西の言葉は泥臭いところがあって、それが味わい深いものにしとる。標準語の中に突然、「あかん」とか「しゃーない」とか「ええなあ」とか出てきたら、関西人としては、ちょっと違うなーちゅーて首かしげてしまうんや。関西ことばのネイティヴの人が日頃から感じとる言葉の意味が十分理解できてないのに、使われているというのかな」」
「まあこれは関西人の会話だけやのうて、他の地方の人同士の会話でも言えるんやないかな。その地方の演劇なんかにも言えるんちゃうやろか」
「そうやなあ、吉本新喜劇の中に突然標準語で話す人が出て来て話し始めたら、違和感を感じるだけですまずに、周りは浮足立って会話が成立しなくなるような気がするなぁ」
「ほやからおんなじ様に、吉本新喜劇の泥臭いところのあるギャグちゅーのは他の地方の人には理解しがたいかもしらん」
「例えばどんなのがありますか」
「有名なところではやはり、岡八郎が悪い奴らに取り囲まれた時に、体をくの字から突然ての字に曲げて、かかってこんかいと言っておもむろに手をおしりにやる。そうして、「えげつなー」「くっさー」と叫ぶ。これは関西なら充分理解できるギャグなんやけど、他の地方の方々には、まあなんて品のない...てなことになっていると思うんや」
「いや、それは、ちょっと考え方が浅いんじゃないかな」
「どういうところがでしょうか」
「そういうふうに考えるのは、他の地方の方々が、岡八郎が自分のおならか、服にこびりついていた嫌なにおいが臭いなんかが、えげつないと言っていると思うからなんやろ」
「へえーーー、そうではないんですか」
「そうさ、田中君、岡八郎はな、自分のおならが臭いと言っているんではなくて、悪い奴らに挑むために、身体をぶるぶるふるわせて威嚇して、えげつなー、くっさーと言っているんだよ。ねえ、鼻田さん」
「そうや、わしも若い頃はそんなことによう出くわした。そういうときに大事なんは、勇気を出してでかい声を出すことなんや。それが、えげつなー、くっさーでもええと思うでぇぇ」
「なにか強引にオチをつけてしまった気がしないでもありませんが、えげつなー、くっさーは自分に気合いを入れるための叫びと考えておられるのですね。ところでプチ小説の中で、えげつなーと言えるような場面とかありますか」
「「炬燵といつまでも編」や「ハイリスクな読書術編」でいちびりさんがしている格好は、一見してえげつない格好と言えるんじゃないかな」
「あんたはそう思うんか。意外やな。わしはあのガメラみたいな格好が好きで、冬場はごみを放りに行くときなんか、あの格好で行くんやけどな」
「......」
(敬称略)