プチ小説「シューマン好きな方へ(仮題)」

大宮と千代子は、いつものように土曜日の午後に賀茂川べりを歩いていた。彼らが散策の際にいつも交わすのはクラシック音楽のとりとめのない話だった。
「僕はロマン派の音楽家で大きな貢献をしたのはシューマンだと思うな。交響曲第3番「ライン」は大好きな曲なんだ」
「そうねえ、私は第1番も好きだわ」
「協奏曲もシューマンらしい名曲を残している。ピアノ協奏曲、チェロ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲のどれも心に残る名曲だと思う。ピアノ協奏曲は奥さんのクララが演奏会で取り上げたから有名になったのかもしれないけど、ヴァイオリン協奏曲は演奏が難しすぎて、クーレンカンプやシェリングの演奏しか残っていない」
「でも、クーレンカンプの演奏は完璧だから、これだけで十分じゃないかしら。クーレンカンプもこの演奏があるから、永遠に名が残るわけだし」
「そうだね、交響曲第1番だと唯一無二のコンヴィチュニーの名演があるけど」
「私もコンヴィチュニー大好き」
「他にシューマンの作品では、ピアノ曲と歌曲があるなあ」
「歌曲では、「女の愛と生涯」と「詩人の恋」かしら。「女の愛と生涯」はファスベンダーのが好きだわ」
「僕は断然、クリスタ・ルートヴィヒだね。彼女が歌うシューベルトも素晴らしいけど、「女の愛と生涯」も...」
「私はもっと古い録音のロッテ・レーマンが良いと思うの。伴奏がワルターだし」
「そうだね、レーマンもじんと来る演奏だね。じゃあ、「詩人の恋」は、誰のが良い」
「フィッシャー=ディスカウとかプライとかかしら」
「フランス人のシャルル・パンゼラがコルトーに伴奏してもらって歌ったのがある」
「1930年代かしら」
「1937年だね。でも古さを感じさせない。1935年にコルトーは、「子供の情景」と「クライスレリアーナ」を録音している」
「「子供の情景」はやっぱり、ホロヴィッツかな。「クライスレリアーナ」はアシュケナージだわ。「謝肉祭」はベネデッティ=ミケランジェリかな」
「でも僕たち、ガイドブックでどの曲を聴いたらいいかというのはよくわかっているけど、まだ聞いた曲はほとんどないね。ガイドブックの言葉を信じて会話しているんだけど、自分が所有しているレコードは一枚もない」
「柳月堂に行ってもリクエストできるのは1曲だし、私たちのお給料では生活費だけで精一杯。好きで続けていたら、私たちもステレオを購入したり、レコードを購入したり、できるようになるのかしら」
「まあ10年くらいしたら、係長になれるかもしれないし、そうすればステレオくらいは買えるかもしれないよ」
「そうかしら、毎日FM放送でライヴを聴くくらいじゃあないかしら。好きなレコードを好きなだけ、自分のステレオで聴くことが出来るというのに憧れるわ」
「よーし、それじゃあ、僕は君の望みをいつか叶えてあげる」
「それはいつ」
「10年後かな」
「そんなに」
「ははは、それじゃあ、8年後」
「7年後にして」
「頑張るよ」

大宮と千代子には久しぶりの京都だった。賀茂川べりを歩いていると強い風がふたりに吹きつけた。
「今年の冬は早くやってくるのかしら」
「さあ、どうかな。でもこの前ここを歩いていた時より、僕たちは豊かになった」
「文化住宅からアパートに引っ越したことだし、そろそろステレオを買わない?」
「どうかなぁ、僕たちがガイドブックで読んで期待しているような演奏なのかな」
「それって、どういうこと」
「僕たちはガイドブックで期待に胸を膨らませたけど、それだけの名演が聴けるんだろうかと思うんだ。投資したものが回収できるかと思うんだ。それに今の世の中、若い人はほとんどヘッドフォンで音楽を聴いている。オープンな空間で聴くことに意味があるのかと」
「私はステレオの前に夫婦が肩を並べてクラシック音楽を聴くのもいいかと思うんだけど」

(続く)