プチ小説「ドヴォルザーク好きの方に」
松川は30年以上前からのクラシック・ファンでプレミアム盤のコレクターでもあったので、初めて訪れた土地に着くとすぐに電話帳で名曲喫茶や中古レコード店を探すのだった。彼はいつも友人に言っていた。
「そりゃー、東京の名曲喫茶ライオンやヴィオロンのような再生装置は無理だろうけど、タンノイのエディンバラなんかが置いてあって、その店の感じの良い雰囲気もあるし、中古レコード店にしてもきっと掘り出し物が見つかるんだ」
松川が博多を訪れたのはこれが初めてだったが、天神の辺りを行ったり来たりしていると中古レコード店が見つかった。ざっと店内を見てみるとすべてのジャンルが陳列されていて、クラシックという札が天井から吊るされた下には、200枚ほどのアナログレコードが置かれてあった。LPレコードのところを見て、収穫がなく、壁に貼られた高額のレコードにもファン垂涎のレコードというものがなく、松川は普段あまり手をつけない、10インチ盤の棚を物色し始めた。ギーゼキングのシューマン「子供の情景」、フルトヴェングラーのシューベルト「未完成交響曲」、ケッケルト四重奏団のハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」、リパッティのシューマンのピアノ協奏曲、サバレタのヘンデルのハープ協奏曲、ドビュッシーの神聖な舞曲と世俗的な舞曲のカップリング...そうか片面10分から15分の曲で合わせて30分くらいの曲なら10インチ盤がちょうどいいのかもしれないなどと松川は周りに人がいないのをいいことに店員に聞こえるくらいの声で独り言を言った。そうだせっかく天神まで来たのだから、元祖長浜屋に行こう。日本一のとんこつラーメンが食べられるんだから...うーん、これは日本盤だけれど、ジャケットの絵がいいし、掘り出し物だぞ。
松川が取り出したのは、スーク・トリオのドヴォルザークのピアノ・トリオ第4番「ドゥムキー」だった。松川の独り言は続いた。今まで僕が聴いてきたのは、デンオンのPCM録音なんだけど、その前の1950~60年頃にも録音していたんだな。でもこのジャケットの写真は素敵だな、恐らくチェコのどこかの街の冬景色なんだろうけれど、家の色に黄色や赤色なのがあって楽しい。
松川が戦利品を手にして、レジ行くと店員が言った。
「お客さん、ざんねんながら、「ドゥムキー」は非売品なんだ。レコードがちょっと反っているからね」
「そうなんですか。でもぼくはレコード自体、というのもこの演奏自体聴いたことがないので、あまり興味もありません。僕が興味があるのは、このジャケットの写真なんです」
「そうか、わしとおんなじだな」
「だから、多少音が飛んでも問題はありません」
「よしそんなに君がほしいというのなら、このレコードに対する愛情を語り給え。わしより深くこのレコードを愛しているのなら、君に譲ろう」
「そ、そうなんですね。愛情ですか...わかりました。まず作曲家ドヴォルザークは、心から祖国チェコを愛していました。彼は祖国の素晴らしさを少しでも世界の人に知ってもらおうとして、自国の音楽のエッセンスを取り入れた楽曲をたくさん残しました。交響曲の第1番から第6番や多くのオペラは自国の人たちにしかわからないようなところが多くてユニバーサルな音楽にはなりませんでしたが、50才を前にして作曲された交響曲第8番を作曲し始めた頃から、強い民族主義的な色彩が次第に薄れ、その代わりに世界の誰もが親しめる音楽へと変貌していきました。「ドゥムキー」が作曲されたのがそれから2年ほど経過してからですが、この曲はチェコの民俗音楽ドゥムカを髣髴とさせますが、実際のところは、「回想」や「瞑想」という意味があるだけなのかもしれません。このレコードをじっくり聞き込むとそのあたりのことがわかるかもしれません。僕はこのレコードの新しい録音を持っていて、チェコのピアノ・トリオの演奏にも興味がありますが、先程も言ったようにこのジャケットが素晴しいので、購入できたら、うちの壁に貼って鑑賞したいと思っています」
「うんうん、あんたうまいこと説明しよるから、これあげるよーっ。そのかわりこれから一緒に元祖長浜屋に行こう。ほんでー」
「......」
「夜は中洲の屋台で長浜ラーメン食べよ」
「はいはい」
(続く)