プチ小説「ワーグナー好きの方に(仮題)」
神田は、長年クラシック音楽に親しんできた。管弦楽曲の聴きたい曲は一通り聴いたので、今度はじっくりオペラを聴いてみようと思い立った。それで最近になって、ワーグナーの「ローエングリン」を聴いてみたが、有名な「エルザの大聖堂の入場」と「婚礼の合唱」(結婚行進曲)の場面は楽しめたが、他の場面は場面が思い浮かんだり、楽器や合唱が奏でる旋律に心惹かれることもなく、演奏が終わってしまった。
神田は、サヴァリッシュが演奏する、「タンホイザー」だけはオペラ全曲最後まで楽しむことができて、しばしば通してレコードを聴いていたが、その他いくつかのワーグナーの作品のレコードを聴いてみたが、心惹かれることはなかった。
「やはりオペラは物語の内容がわからないと楽しめないのかな。DVDでメータの「二―ベルングの指輪」を鑑賞した時はいくつかの場面が印象に残ったけれど、オーケストラの音が余り聞こえず、演劇を楽しんだという感じだった。DVDで鑑賞すると心に残るが、ステレオでクラシック音楽を楽しむのとは少し違うような気がする。カラヤンやクレンペラーの管弦楽曲集を聴くくらいにしておいた方がいいのかな。「トリスタンとイゾルデ」「さまよえるオランダ人」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲は重厚な管弦楽の響きが楽しめるけれど...。オペラ全曲は余りに演奏時間が長いというのも集中できない原因だろう。「二―ベルングの指輪」は4部構成「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々のたそがれ」になっていて、それぞれ4時間前後あるから、16時間程の演奏時間だ。DVDを鑑賞していて、「ラインの黄金」の途中で、舟をこいでしまったが、レコードを聴いているだけなら尚更だろう。
サヴァリッシュ盤の「タンホイザー」には、ヴィントガッセンという不世出のテノール歌手がタンホイザーを演じている。ヴィオロンのマスターによると、「二―ベルングの指輪」のベスト・レコードはショルティ盤ではなく、1953年にバイロイト音楽祭でカイルベルトがバイロイト祝祭管弦楽団を指揮したレコードということだが、ここでもヴィントガッセンがジークフリートを歌っている。ベームが1966年のバイロイト祝祭管弦楽団を指揮した「トリスタンとイゾルデ」のレコードも不朽の名盤と言われていて、ここでもヴィントガッセンはトリスタンを歌っている。この「トリスタンとイゾルデ」でイゾルデを歌っている二ルソンは、ショルティ盤の「二―ベルングの指輪」ではワルキューレを歌っていて、大変な名唱と言われている。フラグスタートやホッタ―なんかもワーグナーのオペラによく登場する。ヴィントガッセンや二ルソンなどの優れた歌唱を聴き込むようにしてワーグナーの作品を楽しめば親しみやすく飽きることなく最後まで居眠りすることもなく、鑑賞できるかもしれない。
神田がそんなことを考えていると、ディスクユニオン新宿クラシック館に来てしまった。今日は荷物が少ないから、4枚組のボックス2つくらいなら持てるかな。「二―ベルングの指輪」の場合、だいたい16枚組が多いから、家まで持って帰ると腰を痛めてしまう。今日は、カイルベルトの「さまよえるオランダ人」か「ニュルンベルクのマイスタージンガー」があったらいいなと思うんだが...残念ながら見つからないなあぁ。内容が良く理解できず、時間もかかるのだったら、時間の無駄ということになるけれど、「タンホイザー」の夕星の歌やいくつかの印象に残る場面、「トリスタンとイゾルデ」の愛の死の歌われる場面、「ローエングリン」の「エルザの大聖堂の入場」、「ワルキューレ」のワルキューレの騎行などの音楽を一度聴くといつかは俺もバイロイト音楽祭に行って、ワーグナーの音楽にどっぷりと浸ってみたいと思わせるんだ。そういう魅力がワーグナーの楽劇にはある。そうしてバイロイト音楽祭で一度重厚な管弦楽の響きを聴いたら、それに魅せられて毎年バイロイト音楽祭を聴くためにドイツまで出掛けることになるだろう。
神田は仕方なく、管弦楽曲のコーナーのワーグナーの棚を漁ったが、クレンペラーのASD盤は見つからず、ストコフスキーの4チャンネル盤で我慢した。
(続く)