プチ小説「R.シュトラウス好きの方に(仮題)」

このプチ小説は、『こんにちは、ディケンズ先生』第1巻から第4巻を読んでいただいていると、より楽しめます。

石山は俊子から、次は俊子の父親が難題を課す。それに応えられないと俊子との付き合いは認められないと聞かされ、これは困ったことになったと思った。俊子も同じ思いだった。というのも俊子の母親とのかけっこで勝って、第一関門を突破するために、近くを歩いていたおじさんと交渉して、イタリア製高級紳士服と上げ底ブーツをラクダのシャツとラクダのズボン下と体育館シューズに取りかえたのだった。石山は、母親とのかけっこに勝利してすぐにおじさんのところに戻り、衣服を返してもらってから俊子とデートをして帰ろうと考えていた。石山は自分が考えていた計画が脆くも崩れ去るのを振り払おうとして、また恥ずかしさを少し緩和させようとして、ラクダのシャツの中に膝小僧を入れてしゃがみ込んだ。すると突然怒りの声が聞こえた。
「あんた、何しとるん。わしが貸したったラクダのシャツをそんな風にしたら、伸びて着れんようになるやんか」
まさかラクダのシャツを貸してくれたおじさんが自分の後を追って来たと思わなかった石山は最初は驚いていたが、これから父親と話したり、俊子とデートをする時に欠かせない衣装と靴が返ってきそうなので喜んだ。
「す、すみません。すぐにお返しします。それからこれはお礼です」
そう言って、お金を渡そうとするとそのおじさんから意外な反応があった。
「あんた、わしがそんなんで満足すると思うんか」
「えっ」
「わしはなあ、あんたがきっとおもろいことしてくれると思うてわしの一張羅とリヤカーを貸したんやで。そやからあんたはわしをもう一遍大爆笑させなあかん」
「ぼ、ぼくがおじさんを大爆笑させたのですか。そんな覚えはないのですが...」
「あんた、冷静に情景を思い浮かべてみるんや。その格好でリヤカーを全力疾走で引いて走ったら、これは間違いなく大爆笑や。わしはこいつは間違いなくもっとおもろいことをやりよると思ったんで、後を追っかけて来たんや」
「でもぼくは俊子さんのために、俊子さんを失わないために一生懸命頑張っただけです」
「そうなんかもしれんけど、目的は問わんから、もう一遍大爆笑させてんか」
石山が困っているのを見て、俊子が助け舟を出した。
「石山さん、歌が得意なんでしょ。モーツァルトの夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」を裏声で歌えるって聴いたけど」
「ほな、やってみんさい」
「俊子さん、せっかくだけどそれはできない」
「なぜなの、石山さん、大うけしたって手紙に書いていたじゃない」
「歌詞カードを持っていないんだ」
「じゃあ、管弦楽曲はどう、R.シュトラウスの「ツァラストラはかく語りき」の出だしのオルガン、トランペット、ティンパニーをそれらしく再現出来たら、受けるんじゃないかしら」
「よし、わかった。やってみるよ。
ぶぅーーーーーーー たーたーたー たたー どこどこどこどこどこどこどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーん たーたーたー たたー どこどこどこどこどこどこどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーんどーん たーたーたー たたーん たたたんー たーん たたたーたー たたた たー たー たー ぶぅーーーーーー
どないでっか」
「もうひとつやってくれへん」

(続く)