プチ小説「ディーリアス好きの方に(仮題)」

小川が大学生協の本屋で、週刊FMを立ち読みしていると、友人の井上が声を掛けた。
「あれ、その本君の下宿で見たけど、買ったんじゃなかったの」
「買ったけど、今日、午後8時からNHKFMで何がかかるかと思って...全部を覚えてるわけじゃあないからね(笑い)。それから、好きな記事があって、それももう一度読みたくて」
「出谷啓さんのれこーど横丁(昭和53~54年頃週刊FMに連載)だろ。ぼくも好きだな」
「出谷さんはカラヤンとベームがあまり好きじゃないみたいだけれど、いろんな音楽家の名曲、名演奏をわかりやすく紹介してくれている。ぼくはイギリス音楽に興味があるから、ホルストの「惑星」だけでなく、未知の作曲家ディーリアスも紹介してくれたんで、これからも連載を楽しみにしているんだ」
「僕はヴォーン・ウィリアムスを聴いていまいちだったんで、イギリス音楽は聴かなくなったけどね...」
「まあ、そうかもしれない。ぼくもV.ウィリアムスは「グリーンスリーブス幻想曲」くらいかな。他に本場ドイツからイギリスに遠征して帰化したヘンデルや威風堂々第1番やチェロ協奏曲を作曲したエルガーが有名だけれど、僕は断然ディーリアスだね」
「どんなところがいいのかな」
「彼が本領を発揮するのは管弦楽曲だけど、その多くに表題が付けられていて、それで興味が湧くというか」
「どんなタイトルがあるの」
「「春を告げるカッコウ」、歌劇「村のロミオとジュリエット」から「楽園への道」、「フロリダ」組曲、「アパラチア」、「去り行くつばめ」、「ハッサン」のセレナーデ、「丘を越えて遥かに」、「田園詩曲」なんかはタイトルだけで曲を聴いてみたくなった」
「最初にどれを聴けばいいのかな」
「ディーリアスの音楽を世に広めるために貢献した指揮者が2人いる。トマス・ビーチャムとジョン・バルビローリだけど、ぼくはビーチャム指揮の「春を告げるカッコウ」、「フロリダ」組曲それからバルビローリは、断然「アパラチア」。これらを聴いたら、きっと君もディーリアス・ファンになれる」
「なるほど。でもなれないこともあるだろ。ディーリアスの曲は捉えどころがないとも聴くし...」
「安心して。僕は他の指揮者の演奏で、ディーリアスを聴くことがあったけど、解釈が随分違うなと思ったものだった」
「ビーチャムやバルビローリが指揮すると、明らかに違う親しみやすいものになっているということかな」
「そう、ビーチャムとバルビローリには自国の作曲家を世界中の多くの人に知ってもらいたいという熱意が感じられる。残念なことは、他の国の指揮者やオーケストラが取り上げないということかな。もっとディーリアスの音楽を取り上げてくれたらいいのにと思う」
「そりゃー、シベリウスだって、交響曲第2番以外はフィンランド以外でほとんど取り上げられないよ。ベートーヴェン、モーツァルト、バッハ、ロマン派の作曲家、オーケストラが取り上げたい曲はいくらでもある。その中にあまり知られていない作曲家を取り上げるには大いなる決断が必要だよ」
「それでも、「春を告げるカッコウ」なんかを取り上げてくれたらと思うんだ。コンサートの最初の序曲なんかを演奏するところで。まあ、一度、さっきの曲を聴いてみて。感想を聞かせてよ」
「わかった。君の言う通りだと楽しみだな」


(続く)