プチ小説「ストラヴィンスキー好きの方に(仮題)」

ショパンが作曲したピアノ曲をバレエ音楽用に編曲した「レ・シルフィード」を聴いて、他のバレエ音楽も聴いてみたいと思った小川は、とりあえずディスクユニオン新宿店に行って、いくつかのレコードやCDを購入することに決めた。
<一番古いのは、リュリだろうけど、バロック以前の音楽はあまり聴かないからなあ。ドリーブの「コッペリア」はアンセルメ盤を持っている。その次に来るのは、チャイコフスキーだな。一番メジャーなバレエ音楽と言えるけど、「白鳥の湖」も「くるみ割り人形」も「眠れる森の美女」も僕は余り聴かないなあ。「くるみ割り人形」のワルツは大好きだけど...。次に来るのは、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」「ボレロ」「マ・メール・ロワ」、ファリャの「三角帽子」「恋は魔術師」かな。「三角帽子」はアンセルメ盤をよく聴くけど、バレエも一度見てみたいな。その次に来るのは、ストラヴィンスキーの「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」かな。「春の祭典」はたくさんのレコードを聴いたな。ショルティ、カラヤン、C.デイヴィス、ドラティ、T.トーマス、ブーレーズ、バーンスタイン、アバド、インバル、メータ、マゼール、モントゥーそれからビアノ編曲盤も聴いたっけ。初めて聴いた時はその斬新さに驚いたけど、最近は慣れっこになってしまったな。打楽器の鳴らし方やリズムが独特なんだが、何度も聴いていると耳がすんなり受け入れるようになるというか、違和感がなくなる。「火の鳥」「ペトルーシュカ」を経て、「春の祭典」でストラヴィンスキーの音楽が開花したという感じだが、その後ストラヴィンスキーにこれと言った作品がないのが残念だな>
小川はストコフスキー指揮の「火の鳥」のCDがほしくなり、棚を探したが見つけられなかった。
<ストコフスキーの「火の鳥」もよく聴いたけど、もっとよく聴いたのは冨田勲の「火の鳥」だった。冨田勲さんと言えば、僕がクラシック音楽のことをよく知らなかった高校生の時に重い扉を開かせてくれた。元はと言えば、クラブの先輩が冨田さんの「展覧会の絵」のアルバムを聴かせてくれたことが始まりだった。その先輩は冨田さんの「月の光」(ドビュッシー管弦楽曲集)も貸してくれた。それで「火の鳥」を大枚はたいて(当時の1ヶ月の小遣いが昼食代と合わせて1万円くらいだったと思う)、新品のレコードを購入したのだった。それよりよく聴いたのは「惑星」なんだが、こっちは購入してから毎日のように聴いていた記憶がある>
小川は、冨田勲の「展覧会の絵」を初めて聴いた時のことや、「春の祭典」を初めて聴いた時のことを思い出してみた。
<どちらも実家にあった古いステレオだったけど、それでもムーグシンセサイザーの音、特に鳴り響くティンパニーの疑似音は刺激的だった。音楽は音を楽しむものだけれど、冨田勲や「春の祭典」は音そのものを楽しむものなのかなと思った。その頃、アーシーなサウンドを聴くことが流行って、僕もインドネシアバリ島の民俗音楽ジュゴクのCDを聴いたりした。竹を並べてリズミカルに叩くのだが、40分近く飽きさせずに聴かせてくれた。そうだ、それから中南米のアーシーな音楽にも興味を持ったが、ボサノバにも興味を持って、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲をアストラッド・ジルベルトだけじゃなく、ナラ・レオンなんかでも聴いたっけ...おっといけない、今日はバレエ音楽、なかんづく、ストラヴィンスキーの「春の祭典」だった。それにしても冨田勲さんは「春の祭典」全曲の編曲は考えなかったんだろうか。「展覧会の絵」でティンパニーの疑似音を面白く聞かせてくれたから、きっと面白いアルバムになっただろうに。ヴァイオリンやピアノの美しい音色に静かに耳を傾けるというのが音楽の本質なんだろう。けど、たまにはアーシーな音楽をまわりの歓声とともに聴くのもいいんじゃないかな。そう、たまになら刺激的でいい>

(続く)