プチ小説「パガニーニ好きの方に(仮題)」
太郎は中学生で日曜日は夜更かしすることなく、午後10時には寝床に入っていたが、最近になって午後9時からクラシックの演奏家のコンサートをNHK教育テレビで放送するようになり、母親がいつも見るので、太郎も母親の隣に座って見ていた。オペラやピアノの独奏が多く、オペラではオペラ歌手が独特の歌い方で超絶技巧を披露していた。またピアノ独奏ではピアニストが楽譜を凝視して難しい曲をこなしていた。太郎は、クラシックというのは珍しい、普段聴かないような高尚な音楽なんだなと思っていたが、ある日、それまでと違った演奏家がテレビの画面に現れた。
そのヴァイオリニストは松葉杖をついて舞台の中央に行きお辞儀をすると、ピアノ伴奏をするピアニストに松葉杖を渡してから椅子に腰かけた。ピアニストが腰掛けるとすぐに演奏が始まった。しばらく聴いていると馴染みやすい小品ばかりで、曲が盛り上がったところで突然出て来る高音の心地よい音が太郎を魅了した。最近、学校で習った、ロンドンデリー・エアも演奏したので、太郎はじっと聴いているのが我慢できなくなって、母親に話掛けた。
「お母さん、この人、足が不自由なのに凄い演奏をするんだね」
「そうね。わたしも、イツァーク・パールマンが大好きなの。小児麻痺で足が不自由で、松葉杖が必要だけど、演奏自体は他の演奏家に負けないくらいとても素晴らしいのよ。このコンサートではパールマンの十八番のクライスラーの演奏が聴けるということで、早い目に晩御飯の後片付けをしてテレビの前に座ったのよ」
「十八番のクライスラー?」
「十八番というのは得意なという意味なの。クライスラーは自ら演奏するためにたくさん作曲したけど、ただ、ロンディーノと付けただけでは楽譜も売れないし、演奏もじっくり聴いてもらえないということで、ベートーヴェンの主題によるとか、マルティーニのスタイルによるとか、ボッケリーニのスタイルによるとか付けたの。実際は、クライスラーが作曲したものだけど。ロンディーノは大好きな曲なんだけど、「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」「ウィーン奇想曲」も素晴らしいわ」
「ああ、今演奏しているのが、「美しきロスマリン」だね。明るくて楽しい曲だね。最初聴いた「中国の太鼓」は演奏が難しそうな曲を笑顔で楽々と、えーと、パール...」
「パールマンさんよ」
「パールマンさんが弾いていたので、そんな演奏が難しそうな曲ばかりを演奏するのかと思っていたけど、「美しきロスマリン」はとてもきれいで歌いたくなるような曲だね」
「お母さん、ずっと拍手が続いているけど、この後、何か演奏するの」
「ええ、多分、パールマンさんが得意な、パガニーニのカプリース、24の奇想曲からいくつか演奏するんじゃないかしら。パガニーニは19世紀前半に活躍したヴァイオリニストでカプリースやいくつかのヴァイオリン協奏曲が有名なんだけど、お母さんは、カプリースの第24番が好きだわ」
パールマンがパガニーニのカプリース第5番と第24番を演奏し終えると、太郎は目を丸くして母親に行った。
「パガニーニさんの曲ってクライスラーさんの曲とは大違いだね。ヴァイオリンっていろんな曲があるんだね」
「そうね、クラシック音楽はピアノとヴァイオリンの曲が多いのよ。太郎が興味があるんだったら、パールマンさんのカプリースのレコード買ってこようか。お母さんも聴きたいし」
(続く)