プチ小説「サン=サーンス好きの方に(仮題)」
浪人生の石橋は母親が出掛けると、窓を閉め切り、カーテンを引いた。居間の入り口の2ヶ所の引き戸も締め、リスニングルームができたので、コーヒーを入れて、特等席のソファーに腰掛けた。
<今日は母親が出掛けたし、ぼくも郵便配達のバイトが休みだから、久しぶりに最近購入した、クラシックの廉価版を聴くことにしよう。母親が帰ってきたら、受験勉強を少しするかな。でもブラームスの交響曲第1番をミュンシュ指揮ボストン交響楽団のレコードを廉価版で購入してから半年経ったんだな。ガイドブックで見て気になった曲やFM放送で聴いた曲を頼りにミュンシュの名盤と言われるものを購入した。ガイドブックでは、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」、フランクの交響曲が名演だと書いてあったので、購入した。僕は気に入ったけれど、家族には不評だった。特に母親からは、クラシックを大音量で(僕は音量を絞っているつもりなんだが)バンバカ鳴らすのは止めろと言われてしまった。それでこうして母親が不在の時にこっそり少し大きめの音で聞くんだが、フランクの交響曲の第1楽章を母親がいる時に聴いていると途中でボリュームを絞ってしまう。自分の部屋にステレオがあったら、引き戸を閉め切って、一日中、受験勉強ができるのに。今のところ、自分の部屋ではラジカセでFM放送を聴くしかない>
石橋は昨日、バイトの帰りに近所のレコード屋で購入したレコードを袋から取り出した。
<ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の名盤と言われるのにはあといくつかあって、その中から今回は、ベルリオーズの幻想交響曲とサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」を購入した。それからガイドブックでストコフスキーの極め付きの名盤と言われるチャイコフスキーの交響曲第5番が陳列されていたから、購入してしまった。幻想交響曲は、ミュンシュ指揮パリ管弦楽団がベストと言われているけど、ボストン交響楽団のも名演奏と言われているから。まずはこのレコードを聴いてみるかな>
石橋は初めて幻想交響曲を聴いたが、第2楽章のハープが華やかに奏でられるところと有名な第4楽章のところが印象に残った。続いて、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」のレコードを取り出し、ターンテーブルの上に置いた。
<この交響曲を聴くのは初めてなんだ。オルガン付きの交響曲って、どんなんだろう。バッハのオルガン曲をいくつか聴いたことがあるけど、目を閉じて聴くと雄大な宇宙が広がる。そんな広がりのあるオルガンの音とオーケストラの音が合わさったら、どんな音になるんだろう。でもこのセパレートステレオでは物足りないなあ>
石橋は、シャープ製の「白馬」というセパレートステレオを睨んだ。
<まあ、大学に入れて、無事就職することができるまでは、親がいない時にこっそり大音量で交響曲を聴き、親がいる時はラジカセでクラシック音楽を聴くしかないな。有難いことにお昼、NHKFMはずっとクラシック音楽を放送している。クラシック音楽はながら勉強にぴったりの音楽だから、お昼はこれからもずっとクラシック音楽を流してほしいな。どうせ聴取者は少ないだろうから。うーん、それにしても、この「オルガン付き」は特に第1楽章後半と第2楽章後半のオルガンの活躍が目覚ましい。特に第1楽章の後半部分は宇宙が広がっていく様を見ているような気になる。こんな素晴しい音楽をオルトフォンのカートリッジ、マッキントッシュのアンプ、タンノイのスピーカーなんかの組み合わせでで聴けたらなぁ...いつか、きっと実現させたい>
石橋が、「ザ・グレイト」、フランクの交響曲を聴き終えると、カーテンの隙間から西日が射しこんで来た。
<今日のお楽しみもそろそろ終わりにするか。とりあえずは大学に合格するように受験勉強するけど、予備校に行かないで、働きながらというのは限界をかんじるなあ。あっ、かあさんが帰って来たな>
(続く)