プチ小説「ムソルグスキー好きの方に(仮題)」
高校時代に冨田勲編曲の「展覧会の絵」を聴いて以来、川越は「展覧会の絵」のピアノ独奏やオーケストラ演奏の名盤を探し求めて来た。冨田盤は刺激的で、究極のレコードのように思えたが、最初から最後まで生々しいムーグシンセサイザーの音が鳴り続けるので、アコースティックな音でもう少し落ち着いて聴けるレコードはないものかと思っていた。最近来日して、物凄い評判だったチェリビダッケのブラームス交響曲第1番とムソルグスキーの「展覧会の絵」の演奏を聴いて、川越はこれまで以上に「展覧会の絵」の名盤を手に入れたくなった。同じゼミの小川がクラシック音楽に詳しいと井上から聴いたので、それまで話したことがなかったが、声を掛けてみた。
「小川さん、今、忙しくない」
「どうしたの川越君。小川君でいいんだよ。ところでわざわざ声を掛けてくれたのは何かあるのかな」
「いや、君がクラシック音楽に詳しいと聴いたから、教えてもらおうと思って」
「僕がお役に立てるのならうれしいけど、遠慮せずに言ってみて」
「実は、「展覧会の絵」のことなんだけど、君は冨田勲さんの演奏以外にお勧めの演奏があるかい」
「そうだなー、冨田さん以外には実際聴いたのはあまりないけど、ガイドブックで紹介されていて、一度聴いてみたいと思うのはいくつかあるよ」
「それを教えてもらえないかな」
「お安い御用だよ。へえー、川越君は将棋が趣味だと聴いていたけど、クラシック音楽にも興味があるんだね」
「まあ、僕の場合は、冨田勲ファンというか。彼のレコードに関連してというのかな」
「関連してと言うと」
「最初に出たドビュッシーのピアノ曲をアレンジしたレコードの時は、ギーゼキングのレコードを買って満足した」
「じゃあ、「惑星」は」
「ボールトはもちろん、ショルティ、オーマンディ、ストコフスキー、メータの演奏を聴いたかな。これらはどれも良かったんだが、「展覧会の絵」はピアノ、オーケストラともどれを購入したらいいのかわからないんだ」
「アシュケナージのピアノ演奏とメータ指揮の演奏が一枚のレコードに入っているの、知ってる」
「ああ、そのレコードなら持っているけど、迫力に欠けるね」
「そうか、君が迫力を求めているのなら、ピアノ独奏だけれど、RCAレコードのホロヴィッツ盤がある。これはホロヴィッツがピアノを叩き壊すんじゃないかと心配になるくらいの物凄い演奏さ。落ち着いては聴けないかもしれない」
「そうなのか、知らなかったな。オーケストラはどうかな」
「ジュリーニ、カラヤン、ショルティ、アバドの好演もあるけど、ストコフスキーが自分で編曲したのを僕はよく聴くかな。でも、「展覧会の絵」は断然、ホロヴィッツだよ」
「ホロヴィッツは、シューマンの「子供の情景」やライブ盤のモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」が好きだけど、小川君の推薦盤を一度聴いてみるよ」
「是非、聴いてみて。また君とクラシック音楽の話をゆっくりしたいね」
(続く)