プチ小説「ヴィヴァルディ好きの方に(仮題)」

松川は福岡市天神の中古レコード屋の店主松山と親しくなっていたが、大阪と福岡で遠く隔たっていたので頻繁に会うことはできなかった。松山は電話で話すのが苦手だったので、情報交換はもっぱら手紙で行った。
「こんにちは、松山さん、いかがお過ごしですか。最近ぼくはにわかにヴィヴァルディのファンになりました。というのも、イ・ムジチの「調和の霊感」を購入して、気に入って聴いているからです。ヴィヴァルディの作品は「四季」だけかなと思っていたのですが、本国イタリアでは物凄くたくさんのレコードが出ているようです。ヴィヴァルディの音楽は通向けの音楽で、ヴィヴァルディ以外はほとんど聴かない人もイタリアにはたくさんいると聞いています。紹介されていない音楽にも内容が濃いものも数多あるようです。それでも僕は今のところ、理解できそうなのは、「四季」と「調和の霊感」しかないので、名盤がありましたら、ご紹介ください。即、購入させていただきますので。また僕が知らないもので推薦盤がありましたら、ご教示ください。よろしくお願いします」
松山から返事の手紙が届いた。
「やあ、松川君、ご機嫌いかが。中洲の屋台で食ったラーメン美味しかったね。またおごってやるから、博多にやってきんしゃい。イ・ムジチのヴィヴァルディ「四季」の日本盤は店に10枚はあるから、いくらでも、あげるよーっ。ところで「四季」のことだけど、ヴァイオリンの演奏に飽きたときのためのレコードがあるのを知っているかい。エフゲニャ・リシチナがオルガン演奏しているメロディア盤のCDなんだけど、この人は、「調和の霊感」もレコーディングしているようだ。でも「調和の霊感」のオルガン編曲はバッハも手掛けているから、そっちの方がいいかもしれない。「四季」はイ・ムジチのアーヨがリーダーをしているのがベストだけれど、ベネチア合奏団やパイヤール室内管弦楽団なんかも音がいい外国盤で聴くといいかもしれないよ。それからこれは独奏ではないし全曲盤ではないようだけれど、リシャール・ガリアーノという人がアコーディオンと弦楽五重奏で「四季」を演奏したレコードを出しているようだ」
松川はアーヨ盤の「四季」が欲しくなって、また手紙を出した。
「松山さんのお店にある「四季」でいいのがあれば、購入したいと思います。外国盤、イ・ムジチはフィリップス社と契約しているから、オランダ盤のオリジナル盤に近いものがあれば購入したいと思います。お店にあれば教えてください。購入を検討しますので」
すぐに松山から返事が届いた。
「うちには日本盤ばかしで、外国盤は一つしかない。オランダ盤だけど、シルバーロゴではない。マロン色ラベルの盤で、こちらはマロン色だけに、マロンやかな、いや、まろやかな音がするけど、メリハリや音の綺麗さが劣っているように思う。シルバーロゴが入荷したら連絡するから、その時はこちらにきんしゃい。また元祖長浜屋に行こう。ほんで夜は中洲の屋台でラーメンを食おう」


(続く)