プチ小説「リムスキー=コルサコフ好きの方に(仮題)」
小川は以前から、井上が月曜日の朝だけ寝ぼけ眼で大学にやって来るのを疑問に思っていた。小川と同じ授業を受けるために大講義の教室にやって来た井上に小川は声を掛けた。
「おはよう。どうだい調子は」
「いやあ、どうも月曜の朝はちょっと...」
「やっぱりそうなんだ。何か悩み事でもあるの」
「ははは、そう見えるのか。悩み事でも何でもないさ」
「じゃあ、原因は何なの」
「ただ、ラジオ番組の深夜番組を聴いて夜更かしするだけだよ」
「あっ、わかった。石丸寛さんの番組だね。僕もよく聴いていたけれど、時間帯が悪すぎるよ」
「そう言えばそうだね。月曜日の午前0時なんだから、週が変わって頑張って行こうと、夜更かししないでみんな寝ている時間なのに、クラシックの新譜紹介の番組をやっている」
「僕も高校生の時には何度か聴いたけど、やっぱり翌日堪えるんで聴くのを我慢している。昨日は、何が掛ったのかな」
「リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」をマゼール指揮クリーブランド管弦楽団の演奏でやっていたよ」
「「シェエラザード」かあ。曲自体が雄大でエキゾチックで素晴らしいから、マゼールのレコードも良かったんじゃないかな」
「その通りだよ。授業が終わったら、レコードを買いに行こうかと思っているんだ」
「でも、「シェエラザード」は、アンセルメの不朽の名盤があるよ。このレコードはおまけのボロディンのダッタン人の踊りと合唱が素晴しいし。それから4チャンネルのストコフスキー盤は広がりのある音で素晴らしい。この曲はアラビアンナイトの世界を描いた音絵巻なんだけど、4つの楽章に「海とシンドバッドの船」「カランダール王子の物語」「若い王子と王女」「バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲」という標題が付けられていて、異国情緒を醸し出している。アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の演奏はこの曲の魅力を余すところなく引き出している」
「そうだよね。ぼくもカラヤンやコンドラシンやフェドセーエフを聴いたけど、メリハリがありすぎてどぎつすぎる気がする。こういう曲はしっとりとしていなくちゃあ」
「まあアラビアをどう解釈するかだと思うけど、僕も「月の砂漠」のイメージに近いような演奏がいいと思うね」
「それでアンセルメがいいというわけだ」
(続く)