プチ小説「レスピーギ好きの方に(仮題)」

小川が下鴨神社境内の古書市をぶらぶらしながら見ていると、井上が声を掛けてきた。
「こういう古書市は掘り出し物が見つかることもあるから、暇な時にはいいよね」

「そうだね、でも僕が求めているイギリス文学の本はなかなか見つからないよ。日本人作家の文庫本や実用書なんかはたくさんあるけど」
「散策しながらでいいんだけど、何かクラシックの面白い話を聞かせてよ」

「じゃあ、あんまり有名でないけれど一度聴いたら忘れられなくなる、ラジオ番組のテーマ曲の話をしようか。もちろんクラシック音楽だよ。井上君は、FM大阪で午後5時から放送している。「音楽の森」のテーマ曲を知っているかな」
「立川澄登さんと国弘洋子さんの番組だよね。番組の終わりで流れるのは、クライスラーの「美しきロスマリン」だけど最初は、鳥の鳴き声のような管楽器の演奏があってから、窓を開けて新鮮な朝の空気を取り込むようなそんなメロディーが流れるよね」

「なかなかうまいことを言うね。答えはレスピーギの組曲「鳥」の5曲目かっこうなんだ。この曲の出だしのところなんだが、番組のテーマ曲にぴったりという感じだ」
「演奏は誰なの」

「多分、アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団だと思うけど、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団かもしれない」
「どちらの指揮者も、余り取り上げられない19世紀から20世紀前半の曲を取り上げているよね」

「そうレスピーギで言うと、ドラティは、「リュートのための古風な舞曲とアリア」、オーマンディはローマ三部作と言われる、「ローマの松」「ローマの祭り」「ローマの噴水」を録音している」
「どちらも、心に残る名演奏だよね。組曲「鳥」もじっくり聴いてみたいなあ」

「そうそう、「リュートのための古風な舞曲とアリア」にはネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の名演があって、この演奏の一部が、NHKFMの番組のテーマ曲になっていた。第3組曲の3曲目シチリアーナなんだけど、知ってる」
「金曜の夜の藁科雅美さんのリクエストコーナーは欠かさず聴いているよ。他にはどんなのがあるのかな」

「平日の朝の「音楽の部屋」のテーマ曲は、パッヘルベルのカノン、パイヤール室内管弦楽団の演奏だね。この曲は最後まで聴いてほしい。最初の1分だけじゃあ、勿体ない。同じメロディーが繰り返され、最後は喜びが最高潮に達したところで終わると言う感じだ。クラシックの番組じゃないけど、日曜日の午後10時20分からの「夜の停車駅」は江守徹さんの語りも素晴らしいけれど、テーマ曲のラフマニノフのヴォカリーズが憂愁を誘う、じんと来る曲だね。演奏は、ソプラノ独唱がアンナ・モッフォ、レオポルド・ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団だね」
「曲名が分からないのがひとつあるんだけど。平日の午後、NHKFMで放送している「名演奏家の時間」だったかな、その番組のテーマ曲がわからない」

「それならヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番の第2楽章の途中からだよ。ヴィオッティはモーツァルトと同時代の作曲家だよ」
「あまりいいのが見つからないと小川君は言ってたけど、いいのが見つかったようだね」

「うん、ディケンズの『荒涼館』(青木雄造、小池滋共訳)だよ。ディケンズのハードカバーの古書を探していたんだ。下鴨神社まで来た甲斐があったよ」

(続く)