プチ小説「ベルリオーズ好きの方に(仮題)」

本山は昭和53年春頃からクラシック音楽のファンになったが、丁度その頃共同通信社からクラシック音楽・ファンのために2冊の本が出版された。「FMfanコレクション オーケストラの本」「FMfanコレクション ピアノの本」で、本山は時間があればその2冊の本のページをめくっていた。指揮者、ピアニストのカラー写真、指揮者、ピアニストの名簿、評論家各氏の含蓄のある解説、名盤の紹介、オーディオ名曲の紹介などなどであった。本山は一日中その本を見ていても飽きなかった。今、本山は、オーディオ名曲ベスト10のページを見ていた。
「やっぱり、ベルリオーズの「幻想交響曲」はオーディオ名曲だと思ったよ。ここには、ミュンシュとショルティが上がっているけど、やっぱりミュンシュ指揮パリ管弦楽団が一番だと思う。第1楽章の盛り上がり、第2楽章のハープで始まる舞踏会の華やかさ、第4楽章、終楽章の盛り上がりも素晴らしい。いろんな楽器の音も聞こえてくる。ハープが主役のモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲やヘンデルのハープ協奏曲はハープの音が堪能出来ていいけど、この曲のように一つの楽章を盛り上げるような使い方もいいな。リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」もハープの音色が出て来ると盛り上がるし、マーラーの交響曲第3番の最初の楽章もハープの音が印象に残る。ロマン派のオーケストラ曲の中にハープが効果的に使われている曲がたくさんあるんじゃないのかな」
本山がページをめくっていると、母親が部屋に入って来た。
「お前が予備校に行かないと言ったから、浪人生活を認めたけれど、朝から晩まで大きな音でクラシック音楽を聴いていて大丈夫かなと思うの。それに部屋にはいってくるといつも雑誌を見ているし」
「かあさん、心配しないで。高校生の頃は、フォークソングを口ずさみながら、勉強をしていたんだ。これだと歌詞を間違わないように気を使いながら音楽を聴くから、ながら歌唱になってしまうんだ。だけどクラシックなら、音楽を聴き流すことが出来る。だからちゃんとながら勉強ができるんだ」
「そうかい、お前がちゃんと勉強をしているんだったら、かあさんは何も言わないよ。だって自分の人生は自分で作っていくしかないんだから」
「かあさんを泣かせるようなことはしないから、安心して」
「じゃあ、あんまり夜更かしはしないようにね」
「わかったよ」

本山は母親に痛いところを突かれたので、しばらくクラシック音楽を聴きながら英語の参考書を開いていたが、30分ほどするとまた「オーケストラの本」を開いた。
「たくさんのレコードが紹介されているなあ。ミュンシュの「幻想交響曲」の他にも、いろいろあるけど、評論家諸氏の意見が分かれている。ここはレコードを特定するより、オーディオ名曲(楽器の音色が美しかったり、珍しく、曲が馴染みやすいもの)をざっと見ておこう。なになに、ストラヴィンスキー「春の祭典」「ペトルーシュカ」、ムソルグスキー(ラヴェル他編曲)「展覧会の絵」、R.シュトラウス「ツァラストラはかく語りき」、レスピーギ「ローマの松」、シェーンベルク「浄夜」、ドヴォルザーク「新世界から」が上がっているけど、僕としては、ホルスト「惑星」、サン=サーンス交響曲第3番「オルガン付き」、R.シュトラウス「アルプス交響曲」、チャイコフスキー交響曲第4番、シベリウス交響曲第2番なんかもオーディオ名曲に入るんじゃないかと思う。なんてことを毎日やっていたら、四私大に合格できるはずがないから、明日から心を入れ替えて、ながら勉強をしよう。もう日が改まるから寝ることにしよう」


(続く)