プチ小説「希望のささやき4」
堀村は以前から中古レコード店でクラシックのLPレコードを購入することはしていたが、 1920年から30年頃の
SPレコード時代のLP復刻版の音には不満を感じていた。シャーッという大きなノイズの向こうの方から音質の良くない
楽器の音が聞こえて来るという感じだったからだ。それを解消する為にはやはりSPレコードの時代のものはSPレコード
で聴くのがよいのではないかという結論に達したが、問題は再生装置だった。カザルス、コルトー、クライスラーなどの
全盛時代のSPレコードを手に入れてもそれが再生できないのなら、何にもならないと思った。
「でも、蓄音機はいいもの、例えばクレデンザ(大型蓄音機)なら何百万円もするし、少しデザインのいいのなら小型
蓄音機でも百万円するのはざらにある。SP盤を痛めないためには1回ごとに針交換をしなければならないし、何より
内蔵されているベルトなどの部品が壊れた場合に交換部品が見つかるか...。以前大阪南港にあったSPレコード店の
店主が、電蓄の性能も悪くないとこっそり耳打ちしてくれたが...。まあ、神田にやってきたんだから、富士レコード社で
話を聞いてみるか」
神田古書センタービルまでやってくると9階まで上がった。入って右手にあるカウンターのところにいる店員に堀村は
声を掛けた。
「まったくの初心者なのでお恥ずかしいのですが、SPレコードを聴こうと思ったら何が必要ですか」
「そうですね、正直なところ、店にある蓄音機をご購入いただければ有難いのですが、最初から大きな負担をして
いただくよりまずはSPレコードを楽しんでいただくのがいいでしょう。正直言って、電蓄は手間がかからず、ある程度の
よい音でお聴きいただくことができます。なんならここにある電蓄でお聴きになりたいSPレコードを掛けてみましょう」
「それじゃー、ガリ=クルチを掛けてもらえますか」
「じゃあ、「埴生の宿」「庭の千草」「ソルヴェイグの歌」なんかを掛けてみましょうか」
「再生装置もないのに、SPレコードを買ってしまいましたが...」
「それもいいんじゃないですが、レコードに針を乗せて聴くまであれこれ想像することができて。好事家というものは、
後先を考えないで好きなものにのめり込んで行くものですよ。その折々の夢中になる瞬間が、喜びに結びつくんですよ。
それに電蓄はLPレコードも聴くことができるので、LPでいいやと思うようになったら、SPのような高価なものを買って
もらえるかどうか」
「それもそうですね」