プチ小説「京都でのんびりと」
大川は、40才にして初めて京都を訪れた。大学を卒業してから仕事が忙しく、気がついたら不惑の年になっていた。上司から、君も少しは休暇を取ったらどうなんだと言われ、入社して初めて5連休の休暇を取った。どうせ行くなら、昔から行きたかった京都をと考えたが、まったく京都の土地勘がなかったため、友人に頼んで京都のガイドを世話してもらった。大川が、男性で気さくな人なら、そして安くでガイドしてもらえるなら、そうだそうして京都についての蘊蓄を語ってもらえるなら言うことはないと言って頼んだ。
大川はそのガイドと出町柳の改札口を出たところで待ち合わせたが、そのガイドは京都の人ではなくて、はんなりした京都弁ではなく、どぎつい大阪弁を話す男性だった。
「あなたが、私のガイドをしてくださる。西さんですか」
「はいな、あんさん。西五郎と言いまんねん。よろしゅうに」
「ところで、西さんの希望で京阪出町柳駅で待ち合わせることにしたのですが、何か理由があるのですか」
「へえ、そらあんた。京都人の気質ちゅーもんを知ってもらうためにものすごいええとこがありまんねん」
「そうですか、で、そこに今から行くのですね」
「そうです。歩いて5分ほどのところです。ところで、大川さん、あなたは和菓子を食らい、いや、食べますか」
「ええ、大好きですよ。でもどうして」
「今から京都でファンの多い和菓子屋さん、出町ふたばというお店に行くんですが...」
「何かあるのですか」
「時間帯にもよるのですが、買うまで1時間近く待たんとあかんことがあります」
「だったら、気にしないでください。5連休ですから、時間はありますよ」
「よっしゃ」そう言って、大川と西は河原町通り方面へと向かう地下道の出口へと向かった。
河原町通りに面した出町ふたばの向かいの歩道のところまで二人が来ると、その和菓子屋の前のところで人が溢れているのが見えた。
「あーっ、西さん、出町ふたばってのはあそこですか。すごいですね」
「いや、ちゃいまっせー、もし、もっとずっと並んでいたら、信号を挟んでこっちの通りまで並んで、賀茂川を渡って出町柳の駅の改札まで列ができまんねん。その時は案内係が10人ほどおりますねん」
「そうなんですか」
「そら、あんた、うそでんがな」
「うっ、うそなんですか」
「そうでっせ、わしみたいな関西弁を話すおっさんの話をまともに聞いてたら、痛い目にあいまっせ」
「気を付けます」
「それにしても、えらいひとやなー。にいちゃん、この列の最後尾はどこでっか」
案内係が、こちらですと言うと大川と西はそちらに並んだ。
「店の前に、60人ぐらいが3列に並んで、車道の前に2列に40名がならんでいるから全部でだいたい100名くらいかな」
「どのくらいかかるんでしょうか」
「そら、ひとり1分と考えたら、100分やから1時間40分かな」
「えー、そんなにかかるんですか」と大川は涙目になって、大声を出してしまった。
「しーっ、人の話は最後まで聞かんとあかんよー。よう見てみいや。何人の人が客を捌いとる」
「4、5人いますね」
「そうそやから、100分を3で割って、30分ちょっとというところかな」
西五郎が言う通り、35分ほどでふたりはその行列から脱出することができた。
賀茂川べりのベンチに腰掛けて、ふたりは豆餅や田舎大福を食べ始めた。
「うーん、うまいですね。並んだ甲斐がありました」
「そうでっか、そらよかった。ある意味、博覧会でもないのに我慢強く並ぶのは京都人の気質なんとちゃうんかな。わしらせわしない大阪人には信じられんことなんやが。それと出町ふたばの豆餅は誰もが美味しいと言う。それからこの賀茂川の遊歩道も京都が世界に誇れるもんとちゃう」
「誇れるもんとちゃう...ですか。誇れないということですか」
「ちゃうちゃう、その場合は、誇れるもんとちゃうんちゃうちゅーんやで」
「?????」
「まっ、これでわしのこといやになったんちゃう。そうやったら、バイト代返すけど、どや」
「いえいえ、あなたなら、これからも私を楽しませてくれると確信しています。お時間までよろしくお願いします」
「そうかそんなら、次は関西一の名曲喫茶と言われる柳月堂に行きまひょか」
「そうしまひょ、そうしまひょ」