プチ小説「新春座談会「マイ・フェイヴァリット西洋文学」について考える」
「こんにちは、「青春の光」で橋本さんの相方をしている、田中です。今日は正月3日ということで、新春企画「マイ・フェイヴァリット世界の文学」というのを考えてみたいと思います。と申しましても、橋本さん、いちびりさんそして鼻田さんも船場さんの分身ですから、それぞれのキャラクターが生かせるところで面白おかしく語っていただくことになります。ではまずは橋本さんから話していただきましょうか」
「みなさんもご承知のように船場君の母君は船場君が高校生になるまで、吹田市内のハルヤ書店という本屋さんでパート店員をされていた。お母さんは船場君のためにと中学1年生の頃に日本の文学全集や世界の文学全集の一部(それぞれ4~50冊ほど)を購入した。船場君がお母さんのの期待に応えて、それを全部読んでいたら、高校を卒業するまでに本を出版するくらいになっていたかもしれない」
「そら無理やろな、中学生ゆうたら、漫画に浸るころや当時はスポ根(スポーツ根性もの)の漫画の全盛時代で、船場はんも、野球は、「巨人の星」「男どアホウ甲子園」、プロレスは「タイガーマスク」、ボクシングは「あしたのジョー」、それといろいろなギャグマンガに嵌ってしまって、世界文学全集の登場人物紹介のところくらいしか読まんかった(日本文学全集は登場人物紹介はなかった)みたいやで。親の好意をよう生かさんかったわけやが、なんとなしに世界文学に対しての憧れというものが残ったみたいで、そのことはよかったのんとちゃう」
「いちびりさん、続きをどうぞ」
「このことを見ても、普通のありふれた、周りに影響されやすい、目標を持たない生徒やったことがわかるやろ。そやけど高校生になって、土井君という同級生から2つのことを教えてもらって、船場は少し軌道修正しよった」
「一つ目はなんですか」
「ある日その土井君から、これを読んだら面白いよと井上ひさしの『ブンとフン』を貸してもらったんや。井上ひさしの名前はNHKテレビの「ひょっこりひょうたん島」で何度も見ていたし、人形劇の台本を書いている作家が書いた小説ということで興味を持って読んだ。今までどうしても1冊を通して読めなかったのが、最後まで読むことができたという爽快感を味わった。自分にも読める本があると自信を持ったようやった。このあと高校近くの佐野書店に帰りに寄って文庫本を買って帰るようになったみたいや」
「もう一つは何でしょう」
「もう一つは天文のことやが、高校入学と共に船場は写真部に入り、さっきの土井君は生物部に入った。土井君はどこから知ったか船場が200ミリの望遠レンズを持っていることを知っていた。彼らが1年生の12月にウエスト彗星が出現し、1等星くらいの明るい、長い尾を引く彗星となった。もちろん船場はそんなことを知らんかったが、船場より物知りな土井君は船場にこう話しかけた。君は一眼レフのカメラ、200ミリの望遠レンズ、三脚とレリーズを持っているから、ウエスト彗星の撮影ができるよ。ぼくは一眼レフのカメラしか持っていないから、写してもらえないかなと。それで、船場は張り切って準備して、朝の4時に起きて土井君の前で撮影した」
「そうですか。それでふたりの少年の友情が確かなものになったんですね」
「いや」
「そうじゃなかったんですか」
「船場はすかたんしよったんや」
「間違ったことをしたんですか」
「これは土井君から要請があったんやが、増感現像をしてほしいと言われて、慣れないフィルム現像をしたんやったが、注意せなあかんのをおこたってしもうたんや。原液のまま現像するところを2倍の希釈をしてしもうた。普通は2倍に希釈するんやが...それで失敗した写真を見て土井君は失望して、それ以降船場に声を掛けることもなくなった」
「土井君ともっと長く親しくしていれば、人生が変わったかもしれんなー」
「天体に関しては、船場は興味を持ち続け、月食を見たり、皆既日食を見たり、天体望遠鏡を購入して、木星と土星を見たりといろいろやっとるようやが、天気に左右されやすいのとイベントが頻繁にないのとで片手間にやっとる感じやな」
「橋本さん、船場さんが高校の頃に読んだ本は他にどんなのがありますか」
「当時はSF小説というのの全盛時代で船場君も星新一を中心にいろいろ読んだ。井上ひさしや星新一のわかりやすい文章が船場君の血肉になっている気がする」
「それでいよいよ船場さんが世界の文学を読み始めることになるのですが、高校時代はどうだったのですか」
「船場君が他に読んだのは、井上靖だった。『あすなろ物語』のタイトルに惹かれて読んだが、その後もなんとなくいくつかの歴史物、『氷壁』なんかを読んだようだ。船場君が本格的に西洋文学を読み始めるのは浪人の最後の年からだよ。京都の予備校に阪急電車で通ったが、電車に乗っている50分ほどを有効に使おうと西洋文学を読み始めたのだった」
「なぜ日本文学でなかったのでしょう」
「それは読書が娯楽でもあったからさ。漱石はほとんど読んだが『草枕』で行き詰った。船場君は擬古文が苦手で、そんなこともあって、森鴎外はほとんど読んでいない。読めないものを苦労して読んでも仕方がないという船場君独自の合理的発想で、こなれた訳文の西洋文学を読むことに傾倒して行った。船場君の要望に応えた翻訳家が2人いる。一人は英文学者の中野好夫氏、もう一人は仏文学者の鈴木力衛氏だった」
「浪人時代に読んだ『ディヴィッド・コパフィールド』やモリエールの笑劇は心のオアシスになったと船場はんはいつか言うとった」
「浪人時代にディケンズの『大いなる遺産』『二都物語』『オリヴァー・トゥイスト』『クリスマス・カロル』、オースチンの『自負と偏見』、シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』、ジョージ・エリオットの『サイラス・マアナー』、スィフトの『ガリヴァー旅行記』を読んで、船場君はその理解度は別として英文学が自分の肌に合っているなと考えたようだ」
「大学に入ってからはどうだったんですか」
「とにかくいろいろ読んでみようと時代を遡ったり、ワールドワイドに書店で購入したり、大学図書館で本を借りて読んだようだ。ダンテの『神曲』、ボッガチオの『デカメロン』、ラブレーの『ガルガンチュア物語』やセルバンテスの『ドン・キホーテ』、小デュマの『椿姫』、シェンキビッチの『クオ・ヴァディス』なんかを読んだらしい」
「シェイクスピアはどうでした」
「福田恆存の訳をいくつか読んだが難しくて、自分に向いてないと思ったらしい。中野好夫訳で、『ヴェニスの商人』『ジュリアス・シーザー』を読んだが、面白くなかったらしい」
「最近は松岡和子訳を楽しんで読んでおられたようですが」
「船場君は飽きっぽいのかもしれない。『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『オセロ』『トロイラスとクレシダ』『ペリクリーズ』なんかは楽しんで読んだようだが、『テンペスト』『ヘンリー4世』『夏の夜の夢』が馴染めなかったようだ。『夏の夜の夢』と一冊になっていた『間違いの喜劇』楽しんで読んだようだが。『十二夜』『リア王』『タイタス・アンドロニカス』が積読状態になっているようだ」
「それから月日を経て、今から十数年前に小説を再び読み始めたのですね」
「そう、就職してからは船場君も忙しくなって、のんびりと文学の世界に浸っていられるような状況でなくなった。それでも高校の頃から30才位まで彼が力を入れて来たことと言えば文学作品を読むことと語学の勉強をすることだった。それである日、岩波新書、講談社現代新書、中公新書を読むのをやめて、大学時代に読めなかったディケンズの『リトル・ドリット』を読み始めた」
「文庫本でも出ている、『大いなる遺産』や『二都物語』ではなかったんですか」
「船場君は大学時代にハードカバーのディケンズ『ピクウィック・クラブ』を読んだが、ハードカバーは持ち運びに不便ということもあり読まなかった。『リトル・ドリット』も同じ理由で20年余り読まれなかったわけだが、船場君はその壁を乗り越えたら、新しい世界が広がるのではないかと思い、決心して読んだということだ」
「今でこそ、ちくま文庫からディケンズの『ピクウィック・クラブ』『リトル・ドリット』『荒涼館』などが出ていますが、船場さんが学生の頃は、新潮文庫からいくつかと講談社文庫から小池滋訳の『オリヴァー・トゥイスト』くらいしかなかった」
「それで『リトル・ドリット』効果というのが発生したのですね」
「そうさ、船場君はすぐに自分のホームページに『こんにちは、ディケンズ先生』を掲載し始めた。ディケンズの他の作品も購入し始め、2011年9月には、近代文藝社から『こんにちは、ディケンズ先生』を発刊した」
「それは少しちゃうやろ。あんたらすっきりさせようとしてるけどホンマは先にトルストイ、ドストエフスキー、デュマが入っとるやろ」
「リヤカーごっこをしているときに船場はんがふと漏らしたんやが、トルストイはまじめすぎてついて行けない、ドストエフスキーは別世界の人、デュマは話を面白くするためにえげつないことまで平気ですると言うとった。そやから別に省いても問題ないんとちゃう。『モンテ・クリスト伯』とユーゴーの『レ・ミゼラブル』は入れといた方がええかもしれんけど」
「船場さんは、いろいろ読んで、『こんにちは、ディケンズ先生』の第1巻から第4巻までのそこここに取り入れていますが、これからどうなるんでしょう」
「最近、船場はギリシア文学に興味を持つようになったから、「こんにちは、クセノポン先生」なんかをホームページに掲載しよるかもしれん。そのためには、『アンティゴネー』と『アナバシス』くらいは読まんといかん。そんな時間があるかどうか」
「まあ、船場さんが知的好奇心を持ち続ける限りはいろんな本を読まれますし、われわれもこうしてプチ小説に出られるわけですから、新たに読んだ本が船場さんにとって楽しめるものであるようにと祈るばかりです」
「ホンマ、船場は好き嫌いが激しいから、アカン。もっと謙虚にならんと生きて行けへんと思うわ」