プチ小説「写真の可能性を求めて」

草川が京都の植物園で花の接写の撮影をしていると、彼より少し年上の男性が声を掛けてきた。
「やあ、精が出ますね。さっきからあなたの様子を伺っていたが、本当に楽しそうだ。それに、それ、ライカですよね」
「ええ、M9です。以前は銀板(フィルム)に写し込むM6でしたが、焦点合わせ以外は全自動でSDカードに画像を残すM9に変えました。M6も使い勝手がよかったのですが、M9はそれ以上ですね」
「ちょっと見せてください。おや、これはレンズですか。それにレンズがオリンパスのズイコーレンズですね」
「ええ、ライカM9とオリンパスOM-1用の接写レンズとをアダプターで繋いでいるんです」
「そんなことができるんですか」
「支障はありません。もちろん距離計は使えませんから、勘で距離を測ってシャッターを押しています。10枚に1枚くらいはピントの合った写真が撮れます」
「効率は余り良くないですね」
「ええ、望遠レンズも繋げることができますが、同じです。でも、ライカは接写や望遠撮影が苦手だから仕方ないですね。レンズの質は落ちてしまいますが、50ミリの接写レンズや200ミリ以上の望遠レンズでの撮影が可能になるのですからいいんじゃないかな」
「へえ、それはすごいですね。それにM9の本体のスペックも凄いんじゃないですか」
「そうですね。とにかく絞り優先でも、シャッタースピード優先でも正確な露出をしてくれます。昼夜関係なく」
「夜間の撮影もされるんですか」
「ええ、手始めは花火の撮影でしたが、ロケーションさえしっかりすれば、あとはシャッターを切るだけでいいのですから」
「他にも何か撮られますか」
「神戸と長崎の夜景を撮りました。こちらもシャッターを切るだけで良いのですが、絞りを16とかにすると露出時間が30秒くらいになるのには驚きました。函館や小倉などの夜景も撮りたいのですが...」
「昼間の風景写真は撮らないのですか」
「いえいえ、今までいろいろ写してきました。京都の寺院、奈良の寺院、地方の名所旧跡など。それから40代になってからは槍・穂高、富士山、八ヶ岳に登って写真を撮ったりしました」
「もう十分撮ったので満足しているという感じですか」
「いえいえ、まだしたいことが2つはあります」
「どんなことですか」
「ひとつは星のガイド撮影ですね」
「天体望遠鏡をお持ちなんですか」
「100ミリのタカハシの赤道儀付き望遠鏡は持っていますが、ペーパードライバーなのでそれを使っての撮影はできません」
「ではどうやってするのですか」
「もっとコンパクトにやるのです」
「コンパクト???」
「さっきお話したように、私は一時山登りして写真を撮っていたんですが、その時のリュックを利用することを思いついたんです」
「???」
「スカイメモを利用するんです。これならタカハシの望遠鏡よりずっと嵩張らず、リュックに入ります。M9とレンズを入れて、三脚を持てば何とかなるかと思います。ただバッテリーが30分しかもたず、1つ1万3千円もするのが痛いですね」
「で、もうひとつは」
「これは、M9でこそ可能なのですが、誰もいない真夜中の暗がりの写真を三脚を立てて撮ってみたいと思うんです」
「早朝では駄目なんですか」
「夜中、最終電車が出る直前の様子がいいですね。そこにはその日の最後のかがやき、きらめきが残っているような気がするんです。早朝ではそれを撮れないでしょう」
「でも、夜間だと酔っ払いや気の荒い人もいるんじゃないですか」
「だからどうしようかと思っているんです。例えば河原町通りのどこかで三脚を立てて撮影するのは度胸がいるような気がします。それと朝までどこで過ごすかですね」
「夏ならいいけど、冬は凍えてしまいますよ。でもいろいろやってみるのはいいですよ。そうだ多分あなたはスローシャッターを切って、人や車の流れを写真に写し込みたいんだと思いますが、お昼でもそれができますよ」
「ほう、どうするんですか」
「ASA(ISO80)くらいで写せば曇りの日なら人の流れの写真や川の流れの写真も写せるんじゃないかな」
「そうか、それも面白いな。一度やってみます。気が付かなかったなぁ。ありがとうございます」