プチ小説「ストコフスキーに捧ぐ(仮題)」
自宅のステレオで新しく購入したCDを週末にまとめて聴くのが、コロナ禍になってからの福居の楽しみとなっていた。主にかつて大きな感動を与えてくれたディスクの聴き直しというのが最近の傾向だったが、確かに音のよいCDというのは別の感動を与えてくれたが、新しい発見、大きな感動というものがなかったので福居は物足りなく思っていた。
<ジェリー・マリガンの「ナイト・ライツ」やカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団のバッハ「マタイ受難曲」を買い替えて聴くと、「いい音だな」とか「こんな音はレコードでは聴かなかったな」とかいうので、少しの満足感はあるけど、新発見の喜びというものとは違うものだ。今から40年前にクラシック音楽に興味を持ち始め、バイトの給料をもらったら、近くのレコード屋に行って廉価盤のレコード漁りをしたものだった。社会人になって少し余裕が出て来ると、中古レコード店でプレミアム盤を購入するのが毎月の楽しみとなった。昨年までは年4回のLPレコードコンサートで東京に行った時に新宿のディスクユニオンで中古レコードを10枚ほど購入するのが楽しみだった。最近はコロナ禍で東京に出掛けられなくなったから、こうしてハイクオリティCDへと買い直しをしているわけだけど、なんだか物足りない。やはりタワレなんかに出掛けた方がいいディスクが購入できるのかな>
福居は、昨日、届いた、ランドフスカのバッハ「ゴールドベルク変奏曲」のCDと赤盤復刻ストコフスキーのバッハ名演集というCDを見ながら呟いた。
「これらを聴いたのは初めてだったけど、SP盤のノイズも余り気にならなかったし、演奏も良かった。でもゴールドベルク変奏曲なら、グールドの旧盤や新盤のレコード、レオンハルトのレコードの方がしっかりした音がするし、ストコフスキーは、チャイコフスキーの交響曲第5番、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」なんかのロシアものなんかの方がよいように思う。ストコフスキーを知ったのは、チャイコフスキーの交響曲第5番の名盤を聴いてだったけど、そのあと「オーケストラの少女」に出演したり、ディズニー映画「ファンタジア」で指揮者として実演しているのを観て親近感を持ったんだった。
ストコフスキーは若い頃はオルガニストで、指揮者となりフィラデルフィア管弦楽団を一流のオーケストラにしたと言われる。ラフマニノフやグールドと共演したレコードも貴重だ。残念なのは、ぼくが知る限り、ウィーン・フィルやベルリン・フィルと共演したレコードがないことなんだ。ロンドン交響楽団とはしばしば共演していて、「シェエラザード」の他に、ブラームスの交響曲第1番、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、第9番「合唱付き」、ワーグナー管弦楽曲集、チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」なんかで素晴らしい演奏が聴けるようだ」
福居がふと本棚を見ると、今では再生不可能となったVHSのビデオテープが置かれてあった。
「「オーケストラの少女」はVHSテープしか持っていないから、長らく見ていないなあ。DVDを購入したいところだが、あのディアナ・ダービンの顔のアップのジャケットが購買意欲をそそらないなあ。確かにディアナ・ダービンが「アレルヤ」を歌うところはこの映画の白眉と言えるけれど、ストコフスキーがリストのハンガリー狂詩曲第2番を指揮するところのほうがもっと感動的なんだ...。
だいたい、ストコフスキーのハイクオリティCDが出ていないというのが問題なんだ。ストコフスキーは4チャンネルのレコードをたくさん残しているから、ハイクオリティCDで10枚くらい出せるんじゃないか。チャイコフスキー交響曲第5番、リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」、ワーグナーの管弦楽曲集位はせめて出てほしいなぁ。そうだ、ディスクユニオン新宿店でレコード漁りが出来るようになったら、ストコフスキーが晩年にDECCA録音したレコードを探そう。ベルリオーズの幻想交響曲やストラヴィンスキーの「火の鳥」も面白そうだ...それより何より、「オーケストラの少女」を今週中に購入することにしよう」