プチ小説「願わくは、クラリネット・レッスンの早期参加を」

福居は、2ヶ月に1回くらいの割合でSTUDIO YOUでひとりでクラリネットの練習をしていた。南の地方から桜の便りが届き始め、緊急事態宣言も解除になったので、福居は2ヶ月ぶりにSTUDIO YOUを訪れた。3時間分の料金を支払って、レッスン室に入るとクラリネットを組み立て始めた。
「こうして定期的にクラリネットを吹いているから、指使いやアンブシャーを忘れるということはないけど、レッスンに行かなくなって1年以上経過したから、熱意というものが徐々に薄れるんじゃないかと心配している。昨年6月からレッスンは再開したけど、医療機関に勤めているのだから、中途半端なところでレッスンに出席というわけにいかない。晴れて解除ということにならないとレッスンに加わることはできない。でもいつまで続くんだろう」
外を見ると、ザーザー降りの雨が降っていた。
「今の状況が最悪と言えるかもしれない。いや、こうして他の市町村への移動ができるというのはまだましなのかもしれない。緊急事態宣言の時は自宅でじっとしているしかなかったのだから。それでも音楽的な知識のないぼくが指導を受けないまま練習するというのは、虚しいし、上達がまったく見込めない。前からよく練習していた「トロイメライ(シューマン)」「シチリアーノ(パラディス)」や最近好きになった「見果てぬ夢」をデータレコーダに録音して、HPに上げたりしたけど...なかなかいい楽譜が見つからないから、毎回ひとつの演奏をHPにあげるというわけには行かない。先生から宿題をもらって、それを一所懸命練習するというのがいい。そうしてそれに並行して楽譜漁りをすれば...。昨年12月にレッスン前にお邪魔して先生に尋ねたら、最近はビゼーのファランドールをしていると言われていた。テキストのエクササイズや音階を吹くのも楽しいし、早く練習を再開できないかな。今日、『スタンダード・ジャズのすべて1・2』を持ってきたけど、やっぱり、最後までメロディがわかる曲はごくわずかだ。映画音楽、クラシック名旋律全集なんかも同じだ...そうだ、好きなジャズ・シンガーのCDで旋律を最後まで覚えるという手がある。インストはアドリブが楽しいけど、旋律をそのまま演奏しない。好きなジャズ・シンガーと言えば、最初に浮かぶのは女性ではドリス・デイ、男性ではメル・トーメかな」
雨がますます酷くなって、遠くでゴロゴロという音が鳴っていた。
「こうして休日にのんびりクラリネットの練習ができるのは有難いことだが、一年前に当たり前だったレッスンが遠い過去のようになってしまったのは悲しい。月に3回見られていたクラリネットの講師の先生の笑顔も...年末にお会いした時に、先生には、半年か1年に一回は手土産を持って伺いますと言ったが、そんなんでいいんだろうか」
福居は持ってきた楽譜の中の「降っても晴れても」、「いつかどこがで」や「スカイラーク」を初めて吹いてみたが、CDで聴くような旋律は抽出できなかった。
「やっぱり、難しいな。finaleに入力して、旋律を抽出するという方法もあるけど、入力に1時間はかかるからなぁ...。でも、再開して、他の生徒さんと足並みを揃えることができるんだろうか。4人のうち3人はかなり上手だし、難しい曲も難なく演奏するから、きっとついて行けないだろう。再開したら、最初は個人レッスンがいいのかもしれない。まあしばらくはこんな状態が続くだろう。希望を失わないためにも、楽譜漁りはつづけた方がいいのかもしれない。それとボーカルのCDをいくつか買おうかな。この前、YOU TUBEで聴いたペギー・リーの「いつかどこかで」が良かったから、ペギー・リーを買おうかな。ジョー・スタッフォード、男性ではジョニー・ハートマンなんかも興味がある」
福居が外を見ると雨は止んでいて、雲の隙間から光の階(きざはし)が下りて来ていた。