プチ小説「シューマン好きの方へ(仮題)完結編」

大宮は千代子にせがまれてステレオを買うことにしたが、あれこれ意見を交わすのが好きなふたりはほとんどないオーディオの知識を寄せ集めて、どのステレオが自分たちに合っているのかを考えることにした。
「僕はオーディオで大切なのは、音を拾う針のところと音を外に出すスピーカーが大切だと思うんだ。それで針はずっしりした外観で信頼性が高いオルトフォンのSPUクラシックGというMCカートリッジがいいと思うんだ。またスピーカーは大きなスピーカーじゃないと安定した音が出ないと思うから、重さが1本40キロくらいの有名メーカーのリーゾナブルなやつがいいと思うんだ」
「40キロぐらいなのがいいなんて...小型スピーカーでもいいんじゃない。重いと床が抜けないか心配だわ」
「でも、ハープの音なんかは大型スピーカーの方がうまく再生できるようだよ。君が好きな、モーツァルトのフルートとハープの協奏曲の他に、ハープが活躍する曲はたくさんあるし」
「なんて曲」
「チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」、ベルリオーズの「幻想交響曲」、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」、ディーリアスの「アパラチア」なんかは心に沁みる迫力あるハープの音が聴けるよ」
「そう、それなら賛成するわ。低価格の重いスピーカーを探しましょ。アンプとプレーヤーはどうするの」
「アンプはセパレート、つまりプリアンプとパワーアンプに分けるんじゃなくて、一体型のプリメインアンプがいいと思う。僕は最低でも35万円くらいのはほしいな。ラックスのL570はどうかな」
私はオーディオのことはわからないから。あなたの説明を聴きたいだけ。プレーヤーはどうするの」
「SPUクラシックGくらいの大きなカートリッジをつけるには最低30万円くらいのプレーヤーが必要じゃないかな」
「全部でいくらくらいするの」
「そうだなー、アンプが35万円、プレーヤーが30万円、スピーカーが30万円、カートリッジが10万円くらいかな」
「ひゃくごまん円なの。それでは私たちの冬のボーナスを合わせても足りないわ」
「ははは、何も一括で払う必要はないさ。ローンを組めばいいよ。ローンだから、ケーブルを短くするとか、スピーカーに傷があるとか、プリメインアンプが陳列されていたとか、そういうことはないから」
「ホントかしら、でも発注生産で半年後にならないと届かないとかないの」
「そんなことはないから安心して」
「つまみがすぐに取れて、ボンドでくっつけないといけないとか」
「心配しなくていいから」
「取説が英語で、日本語に訳さないといけないとか」
「それはあるかもしれないなあ」

ステレオセットがが家に届いて2ヶ月経過した日曜日の朝、午前9時を過ぎると大宮はステレオのスイッチを入れた。
「今日は、フルトヴェングラーの「運命」にするそれともワルターの「ジュピター」にする」
「私は、「ジュピター」がいいわ」
そう言って千代子は大宮の隣に正座したが、大宮が体育座りをしていたのでそれに倣った。
「ステレオセットを購入したのは良かったけれど、レコードは2枚だけだし、応接セットは5年先くらいじゃないと買えそうにないわ」
「でも、買ってよかったんじゃない」
「もちろん。だって生活に潤いを与えてくれたんだもん。しばらくはステレオのローンで何も買えないけれど、レコードを購入できるだけのゆとりができたらもっともっと楽しくなるわ」
「それもいいけど、そろそろ」
「えー、何か言った」
「そろそろ給料が出たら、外食しようよ」
「そうね、そこから始めるのがいいのかもしれないわね」