プチ小説「ショパン好きの方に(仮題)完結編」
立花は自宅のステレオで、ベートーヴェンやショパンのピアノ作品を聴くのが趣味だったが、京都の寺社に自分が愛聴しているクラシック音楽のBGMをつけるのも楽しんでいた。柳月堂を出ると賀茂川べりを歩いて四条通まで行くことにした。ここなら周りを気にせず、物思いに耽れるぞと立花は思った。
高校生の頃に写真部の撮影会で京都に来て以来、京都には何度も足を運んだ。最初の撮影会では、哲学の道と法然院に行ったっけ。哲学の道にBGMを付けるとするとベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」なんかがぴったりだと思う。哲学の道を歩いていると、ベートーヴェンが散策しながら考えごとをしているイメージとぴったり合う気がするから。法然院はどうかな...法然院で印象に残るのは、山門と山門を入ってすぐにある白砂壇かな。このイメージを音楽にすると、シューベルトのビアノ三重奏曲第1番なんかどうかな。地味だけどハーモニーがすばらしい。法然院はそんなに大きな寺院ではないけれど境内のしっとりとして静かな佇まいは僕の心を和ませてくれる。
立花は左手の法然院の方角を見ていたが、正面に視線を移すとまた賀茂川べりの道を歩き始めた。
最初の撮影会でこの辺りを歩いた記憶はあるが、他の記憶は残っていない。もう20年以上前のことだからなぁ。その後の京都の寺社の記憶と言えば、これも撮影会で訪れた大覚寺かな。当時のフォークソングで「北山杉」という曲があり、その曲の中で、「大覚の白い石仏」というのが出て来たっけ。そうだなー大覚寺や広沢の池はどんなイメージかなぁ。広沢の池に5年前に行った時は、蓮の花が彼方此方に咲いていた。春も桜が美しい。レハールのオペレッタ「ほほえみの国」の「君は我が心のすべて」やオペレッタ「メリー・ウィドウ」の「ヴィリアの歌」はなんとなくそんな雰囲気の中で歌われると素敵な気がする...。ラヴェルのマ・メール・ロワもそんな東洋的なイメージがある。
嵐山は小学校や中学校の遠足で何度か訪れた記憶があるけど、渡月橋、天龍寺、常寂光寺、落柿舎なんかはどんなクラシック音楽のBGMがいいかな。渡月橋はドヴォルザークの弦楽セレナーデを聴きながら、歩いてみたい気がする。天龍寺は大きなきれいな庭が印象に残るから、ラフマニノフの交響曲第2番とかピアノ協奏曲第2番なんかどうだろう。常寂光寺はメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」なんかのしっとりとした雰囲気がぴったりじゃないかな。落柿舎はタレガの「アルハンブラの思い出」かな。
神護寺、龍安寺、東寺、三千院、仁和寺、東福寺、龍源院、西芳寺(苔寺)なんかもBGMを考えてみよう。神護寺は高雄の奥にあって紅葉の頃がすばらしい。赤色のイメージがあるから、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲なんかどうだろう。龍安寺は、落ち着いた雰囲気の石庭だから、シベリウスの交響曲第7番なんてどうかな。東寺は五重塔が印象的だから、チャイコフスキーの交響曲第5番なんか...これはストコフスキーのレコードのジャケットの印象からなんだが。三千院は京都の奥座敷大原の里の静かな寺院だから、ここはベートーヴェンの交響曲第6番「田園」だな。仁和寺は五重塔も山門も庭園も素敵だから、モーツァルトの交響曲第39番なんかどうかな。東福寺は紅葉が美しいけど、方丈庭園が特に素晴しいから庭園のBGMを考えてみよう。東西南北の4つの庭園が交響曲の4つの楽章を表しているようだ。そうしてその交響曲はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」か交響曲第9番「合唱付き」かどちらかだな
あと二つ京都には好きな寺社がある。ひとつは大徳寺の塔頭のひとつ龍源院なんだ。ここには、3つのすばらしい庭がある。一枝坦、龍吟庭、東滴壺があって、いずれも個性豊かなんだ。BGMはモーツァルトの知られざる名曲なんかがいいな。3つの庭園だからピアノ協奏曲なんかはどうだろう。僕が密かに愛聴している第18番なんかはどうかな。最後は両親と訪れたことで強い印象が残っている西芳寺(苔寺)なんだけど、ここは苔が美しい寺だから、シェイクスピアの「夏の夜の夢」にメンデルスゾーンが曲をつけたのはどうかな。一時、僕は、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団のレコードを愛聴していたが...久しぶりに聴きたくなったから、帰ったら聴くとしよう。あまり生産的ではないけど、こういう考えごとをして歩くと、1時間くらいあっという間に過ぎる。もう四条通に着いた。