プチ小説「R.シュトラウス好きの方に(仮題)完結編」
石山は必要に迫られて服を交換したおじさんから、もう一遍大爆笑させなければ、服は返さないと言われて狼狽したが、R.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」を声帯模写のようにして再現したところ、少し受けたのでその線で頑張ってみようと思った。
「じゃあ、次は、ホルストの「惑星」の中の木星をさせていただきます」
「いや...」
「いやって、駄目なんですか」
「そら、木星のあの日本語の歌詞もついている有名なところを聴いても、大爆笑はでけん。「惑星」をするなら、冨田勲さんのレコードの最初のところをやってもらわんと...宇宙人が木星の旋律をちょびっとだけ歌うとこもあるし」
そう言われて、石山は、これなら出来そうだぞと思った。というのも石山は高校時代に友人の前でその部分を披露して大うけしていたからだった。
「それでは、行きます。バードードーバブー パプパパープ、パパプパーポーパプー ババブバーボ、バブボバブバ、バーブ」
それに続いて石山が木星のメロディーを口ずさむと俊子の父親も途中から唱和した。
「うーん、なかなか面白いやつだ、君は」
「ありがとうございます」
「ところで、あなた、この娘とつき合わさせてほしいと言っている者に、もっと面白いことをさせたいんだが、何かないかな」
「わしは今ので充分笑えたけれど、そうやなあー、ついでやから、冨田勲さん編曲の「展覧会の絵」のエンディングのところを声帯模写で...」
「す、すみません。それはちょっと長すぎて体力を使い果たしてしまいます。冨田氏編曲のラヴェル「マ・メール・ロア」から妖精の園(エンディング)ならできます」
「それでもええよ」
石山の声帯模写が終わると、服を交換したおじさんが言った。
「もうちょっと、わしを楽しませてくれと言いたいところやけど...これでOKや。声帯模写で生計を立てたくなったら、わしに連絡してくれ」
そう言って、おじさんは石山と服を交換してリヤカーを引いて雑踏の中に消えていった。
「石山さん、ご苦労様でした。お父さん、お母さん、これだけ石山さんが頑張ったんだから、おつき合いするのを認めてくれるんでしょ」
「そりゃー、こんなおもろい男は日本中隈なく探したって、おらんで」
「お前の言う通りじゃ。この男を逃したら、悔いが残るやろ。わしらもそうじゃ。それはそうなんじゃが、俊子、石山君とうまくやっていけるんか」
「そうねえ、私、恋愛を続けていくためのひとつの条件として、「私の為に一所懸命してくれている、自分の利益に関係なく体裁を忘れて頑張ってくれている」と思わせるのが大事だと思うの。傍目から見て、馬鹿なことをしていると思われても、恋人から見ると心惹かれる、琴線に触れることがあるのよ。お母さんとのかけっこも声帯模写も大爆笑のネタに過ぎないのかもしれないけど、私のために石山さんが一所懸命頑張ってくれたということで、これからは末永くよろしくという気持ちになったの」
「俊子、ようわかった。わたしらもあんたらの幸せを祈っとるから。なあ、父さん」
「そうや、そやけど結婚式の時には、「展覧会の絵」のエンディングの声帯模写をしてほしいなぁ」
「安心してください。「魔笛」の夜の女王のアリアでも、「展覧会の絵」のエンディングでも。「惑星」の宇宙人の対話でもなんでもやりますから」