プチ小説「新京阪橋を挟んでの熱いたたかい 番外編」

福居とイニエスタ赤坂との熱きたたかいは、その後も続いていた。基礎体力が明らかに違うので、仮に福居が100メートル先を歩いていても1分以内に追いつき抜き去ってしまうのだった。抜き去られると、福居は決まって、最初は吃驚したように身体を震わせ、それから指を組んで頭上に置きクッソ―ォと言って悔しがるのだった。それに対してイニエスタ赤坂は、大相撲で優勝した力士が大きな盃で日本酒(もしかしてノンアルコール飲料)を飲む時のように両手を頭の上まで上げて歓喜の表情を福居に見せつけるのだった。
そういう状況だったので、福居は明らかに負けになるたたかいを敢えてすることはなくなっていたが、5月になってクールビズが始まると嫌でもイニエスタ赤坂と帰りの時間が同じになった。しかしいつも利用している遊歩道が通行止めとなったため、本日は、会社の建物の裏口から出て駐車場を横切り、スロープの下に出て、堤防に出る道で帰ることになった。
「これだと5分くらいの節約になるかしら。スロープの下に着くのがだいたい午後5時25分で、相川駅に着くのが午後5時34分になる。イニエスタ氏が別棟のところに現れるのが午後5時30分で、スロープの上まで行くのがその1分後だとしてもその頃に僕は新京阪橋を渡っているだろうから、とても追いつけないわけだ。でも本当にそんなにうまく行くのかな」
そのなんとなくそうなった作戦が功を奏したのがわかったのは、それから5分程して相川駅に到着してホームで本を読んでいる時だった。向かいのホームをイニエスタ氏が悔しそうに歩いているのを見て、福居は、右の手を握り少しだけ腕を持ち上げ、おーしと言って軽くガッツポーズをした。イニエスタ氏はよっぽど悔しかったのか、ちらりと様子を伺って福居の前を通り過ぎて、ホームの一番梅田寄りまで歩いて行ったのだった。その後も二人のたたかいは続き、福居が会社から出るのが1分出るのが遅れた時には、新京阪橋を渡ったところでイニエスタ氏に捕らえられそうになったが、福居はすぐに気付き、50メートルを全力疾走で走り追撃を躱したのだった。

スロープの下に午後5時25分に着き、少し早い目に歩けばイニエスタ氏に抜かれずに相川駅の改札口に着くことができるとわかり、福居はそれを続けていた。
「僕が相川駅に到着するのが午後5時34分だから、イニエスタ氏が僕を追い抜くためには、スロープを上がったところから、新京阪橋まで2分ほどで行かなければならない。300メートルはあるから難しいんじゃないかな。どうしても僕を抜き去りたいのなら、イニエスタ氏が安威川を泳いで渡るというのも選択肢にあるかもしれないが...」
そんな楽しい想像をしていると、後ろから追撃の足跡が聞こえて来た。福居は新京阪橋を渡る前だったので、いつものように相川駅改札口まで全力疾走することができず、一敗地に塗れたのだった。

それから数日、福居は午後5時25分にスロープの下を出発したが、新京阪橋の手前でイニエスタ赤坂に抜かれた。連日負けが続いて、悔しさの極地となったので、福居はイニエスタ氏に抜かれてすぐに声を振り絞って言った。
「な、なんであなたは300メートルを2分で歩けるの」
イニエスタ氏は最初福居が何を言っているのかがわからなかったが、ライバルの気持ちを察して、足を止めてにこやかに話し始めた。
「ソラ、アンタ、2分デ300めーとるモアルクンハムリヤ。ソレデナー、親方ニソウダンシテ、5分ダケハヨアガラシテモラウコトニシタンヤデ」
「そ、そうだったんですね。だったら、もうこれであなたを抜くことはムリなわけですね...」
「ソンナコトナイヨー。アンタモシットルトオモウケド、相川駅ニハスキンヘッドノたくしー運転手ガオッテ、「わしはいつも、うさぎとびとリヤカーごっこをしているから無敵なんや」イウトッタデ。アンタモミナラッタラエエントチャウ」
イニエスタ氏はそのように温かい言葉を福居に掛けてから、相川駅の改札口へと時速30キロの速さで猛然と歩いて行った。