プチ小説「パガニーニ好きの方に(仮題)完結編」

太郎が学校から帰宅すると太郎の母親は太郎に、一緒にパールマンさんを聴きましょうかと言った。
太郎がカバンを置いて、ステレオの前に座ると母親はパールマンのパガニーニの24の奇想曲(カプリース)を掛けた。70分余りの長大な演奏だったので、太郎は最後は眠くなってしまったが、24曲目の有名な旋律が流れだすと太郎は楽しそうに母親に語り掛けた。
「お母さん、ぼくこの曲聴いたことがある」
「そうねえ、有名な曲だから、ラジオやテレビで流れたかもしれないわね」
「でも余りに長いんで疲れちゃった。きっと凄い演奏技術を駆使しているんだろうけど、音だけじゃあ、それがわからない」
「そうよね。技巧より、なじみのあるメロディの方がいいわよね。でもテレビなんかで見られたら感動できるんじゃないかしら」
「うん、そう思うけど、例えば、シューマンのトロイメライだとか、チャイコフスキーのメロディーなんかの方が、パガニーニの超難しいカプリースよりも好きだなあ」
「太郎はそんな曲をたくさん知っているの」
「小曲と呼ばれる曲なら、たくさん知っているよ」
「好きな曲をいくつか言ってほしいな」
「ドヴォルザークのユモレスク、ブラームスのワルツ、ラフマニノフのヴォカリーズ、サン=サーンスの白鳥、メンデルスゾーンの5月のそよ風かな」
「お母さんも、今太郎が言った曲、大好きだわ。どの曲も合奏ができるから」
「合奏ができるの」
「そう、例えば、ユモレスクはクラリネット2本で演奏する楽譜を見たことがあるし、ブラームスのワルツはクライスラーがピアノ伴奏で弾いているCDを聴いたことがある。ヴォカリーズと白鳥はチェロがピアノ伴奏で演奏するのをCDで聴いたことがある。5月のそよ風は、クレモナの栄光というレコードの中にあるわ」
「クレモナの栄光ってどんなレコードなの」
「イタリアのヴァイオリニスト、ルッジェーロ・リッチさんが1963年に録音したレコードのことなの。太郎も気になるだろうけど、クレモナって何かわかる」
「イタリアの地名じゃなかったかな。そこにたくさんのヴァイオリン製作の職人さんがいて、その頂点がストラディバリウスやガルネリウスという名器だというのをテレビで見たことがある」
「そう、そのヴァイオリンの名器15挺を使って、ヴァイオリン用の小品を演奏したレコードが、クレモナの栄光なのよ」
「どんな曲があるの」
「イントラーダ(デプラーヌ)、ラルゲット(ナルディーニ)、プレリュード(ヴィヴァルディ)、カンタービレとワルツ(パガニーニ)、アダージョ(モーツァルト)、即興(カバレフスキー)、メロディ(チャイコフスキー)、ラルゴ(ヴェラチーニ)、シシリエンヌ(パラディス)クレモナのヴァイオリン職人(フバイ)、ラルゲット(ヘンデル)、ロマンス(シューマン)、ハンガリー舞曲第20番(ブラームス)、ハンガリー舞曲第17番(ブラームス)、5月のそよ風(メンデルスゾーン)って、調べたら書いてあったわ。このうち、お母さんが好きなのは、メロディとシシリエンヌと5月のそよ風かな」
「ぼくも5月のそよ風は大好きだよ。パールマンさんのレコードはないのかな」
「そうねえ、ヴァイオリン協奏曲やツィゴイネルワイゼンやサン=サーンスの序奏とロンドカプリチオーソやクライスラー小品集は聴いたことがあるけど、5月のそよ風はなかったんじゃないかしら。でも素敵な小品だから、きっと将来レコードに入れると思うわ」
「そう思うけど、どうせなら、クレモナの栄光をそっくりそのままパールマンさんがレコードにしないかしら」
「曲目も楽器もね。そうねぇ、できるといいわねぇ」