プチ小説「メンデルスゾーン好きの方に(仮題)番外編」

大宮と千代子は、寺町の電気街にやって来たが、特に目的とする店がなかったので、四条通から100メートル程下ったところにある5階建ての量販店に入った。
「あなた、まっすぐオーディオのコーナーに行かないで、他の家電も見ない」
「そうだね、折角電気街まで来たんだから、将来のために他の家電も見ておこうか」
「ああ、ここにあるわ」
「おお、ズボンプレッサーだね。これがあると、アイロンがけの必要もなくなるし」
「そう、週に1回だけど...でもそれだけに2万円というのは高すぎる...やっぱりやめておくわ」
「この前、君はミキサーがあったら、美味しいジューズが作れると言っていたけど、見に行かない」
「そうね、私、ミル機能が付いているのがいいわ」
「料理に便利なんだろうけれど、それが付くと1万円では買えないね」
「じゃあ、もっと貯金してから来ましょ。それよりあなた電気カミソリがほしいって言っていたじゃない」
「いや、1000円のキオスクで売っていたのを使っているから大丈夫。それよりミキサーを買わないんだったら、思い切って電子レンジを買わないか。トースターだけでは、チンもできないよ」
「そうよねえ、いろいろな料理も作れるし、3万円くらいでいいのがあるから...それより心配なことがあるの」
「時計のことだね。家は電波時計がないから、テレビだけが頼りなんだ。だからテレビを消していると正確な時間がわからない」
「そう、それで5000円くらいで、掛け時計2つ買えないかなと思って。それからもう一つ」
「まだあるの」
「ビデオデッキが壊れているから、買い替えないと」
「それは今日は止めておこう」
「あなたはそう言うけど、連続ドラマ・ファンの私には欠かせないわ」
「そうか、すると今日は、電子レンジと電波時計2つとビデオデッキで8万円位になるかな」
「あなた、ここに来た目的は何だった」
「そうだったね。ステレオを買うんだった。でも優先順を考えると電子レンジかな」
「とりあえず、売り場に行ってみましょうよ」

5階のフロアーに入ると、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が流れていた。
「家でじっくり耳を傾けるのとは違うけど、僕にはこの音楽は欠かせない」
「私もよ。でも電子レンジもほしいし」
「電子レンジを買いたいけど、今までガスコンロで料理を作って来たんだからこれからもそれでできる」
「それじゃあ、ステレオを買うの」
「今、ざっと見てみたんだけど思うようなのがない。ボーナスが出たら、それを頭金にしてローンを組もう。それまでだったら、我慢で知るよ。中途半端な音よりその方がいい。今日のところは、一番必要な電波時計を買うのがいいんじゃないかな。時は金なりと言うし」
「そうね、今一番大事かもしれない。ステレオを買う楽しみは先に取っておきましょう」