プチ小説「グリーク好きの方に(完結編)」
井上はしばらくピアノ協奏曲のことで考え込んでいたが、やがてにっこりと微笑んで別の話題に切り替えた。
「小川君、ピアノ協奏曲のベストスリーを決めるのもいいけど、今日はグリークの音楽についてもっと知りたいんだ」
「そうかそれだったら、やっぱり有名なところでは、「ペール・ギュント」組曲になるね。朝、ソルヴェイグの歌もいいし、オーゼの死も悲しい曲だけど、美しい。それから3曲のヴァイオリン・ソナタも素晴らしいよ」
「ヴァイオリン・ソナタならオーギュスタン・デュメイとマリア・ジョアン・ピリスのCDを聴いたけど...」
「それは僕も聴いた。ピリスがきっと素晴らしいサポートをしていると思って。でもデュメイがデリカシーに欠けるうめき声のような声を出しているから演奏が台無しになっている。例えばフルートで楽器の音でない、息を吹き込むハアとかフーとか入っているようなもので、楽器の音を聴くことに専念できないからやめてくれといいたいところだね」
「じゃあ、他にいい演奏があるの」
「ひとつは、ドミトリー・シトコヴェツキーがお母さんのベラ・ダヴィドヴィチと全曲を録音しているのがある。こちらは、CDを購入して何度も聴いている。ミッシャ・エルマンが第1番と第3番をデッカに録音していて、名盤と言われているから、いつかデッカのアナログ・レコードで聴いてみたいものだ」
「そうなのか、知らなかった」
「ロシアのピアニストエミール・ギレリスが抒情小曲集のいくつかの曲を演奏したレコードがある。素朴な心温まる演奏と言える。グリークは北欧のショパンと呼ばれていて、ピアノ音楽にいいものがあるけど、ピアノ協奏曲の次と言えば、叙情小曲集になるだろう」
「管弦楽曲はいいのがないの」
「ホルベルク組曲、ノルウェー舞曲を聴いたことがあるけど、荒々しい感じがして馴染めなかった。でも2つの悲しい旋律は、どちらももほんとうに悲しくなる。というのもショパンのピアノ・ソナタ第2番のように葬儀に使われるのだから」
「題名はあるの」
「「心の痛み」「晩春(レイト・スプリング)」で、特に「心の痛み」の方は本当に悲しい旋律なんだ」
「それでも一聴の価値はあるんだね」
「グリークはブラームスやチャイコフスキーやディーリアスとも親交があった。気さくな人柄は柔和な顔に出ている」
「「ペール・ギュント」はネーメ・ヤルヴィの全曲盤があって名盤と言われているけれどどうなのかなあ」
「シベリウスの交響曲の全曲録音もしていて、北欧音楽のスペシャリストと言われているジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団のレコードも一聴の価値ありだよ。楽しい音楽を聴くのは健康的でいいけど、たまには2つの悲しき旋律や「ペール・ギュント」のオーゼの死やソルヴェイグの歌を聴いて悲しみに浸ってバランスを取るのも必要じゃないのかな」
「少し怖い気がするけど、音楽による悲しみに浸ってみるよ」