プチ小説「フランク好きの方に(仮題)完結編」
秋山はその後何度か定期的に東京の名曲喫茶を訪れたが、ヴィオロンでレコード・コンサートを開催するまでには長い年月がかかった。理由の一つはレコード・コンサートで掛けるレコードが集まらないということで、特集をして音のよい外国盤を掛けるとなるとプレミアム盤が最低4枚は必要になり、安月給の彼には資金を工面するのが大変だった。定期的に開催するためにはまずプレミアム盤のレコードが40枚は必要と考えた。また彼は人前で話すのが苦手なので、自分で書いた原稿を人前で披露することに抵抗がなくなるまで時間がかかった。それでも彼が40才を過ぎると時間とお金に余裕ができてきた。そこで彼が42才になってすぐに東京に出掛けた際に、彼は名曲喫茶ヴィオロンのマスターに尋ねてみた。
「長年、こちらで持参のレコードを掛けてもらってきましたが、自分もライヴをやってみたいと思いました」
「何をされますか」
「ぼくは楽器が演奏できません。朗読も100字位しか無理です」
「100字ですか」
「そう、それ以上になると胸が締め付けられて、声が出なくなるんです」
「ではどんなことをされますか」
「いつも掛けてもらっているレコードを聴いてもらおうと思うのです」
「あなたのレコードをですか」
「ええ、ここでレコード・コンサートを開催しようと思ってから、プレミアム盤を少しずつ集めて来ました」
「それじゃあ、一回で終わるのではなくてしばらく続けられるんですね」
「ええ、でも足りなくなったら困るので、これからもプレミアム盤の蒐集は続けます」
「それではレコード・コンサートをされるなら、次の3つのことを受け入れてください」
「何でしょう」
「まず、チラシを作成してください。それからレコードを掛ける前に解説をしてください」
「人前で話すのは苦手ですが、何とかしましょう」
「それからこれはどなたにも言っているのですが、チャージ料をいただき、それを折半します」
「わかりました」
「いつからされますか」
「自転車操業になるかもしれませんが、年に4回は開催して、70才になるまでに100回はしたいと考えています。最初は2か月後の10月の第1日曜日でどうでしょう」
「その日なら今のところ予定は入っていません。あなたは大阪にお住まいとのことですので、チラシと解説の内容を郵送してください。そうして当日は30分前にはヴィオロンに来るようにしてください」
「わかりました。ぼくも人に何かを伝えて喜んでいただけるのですね。たくさんの人が来てくれたら、ぼくも嬉しいし」
「そう言われる方は多いですね。あなた自身も楽しむということが大事です。少しくらいの不出来は気にしないでいいですよ」
「ありがとうございます」
「で、最初にどんなレコードを掛けられます」
「とにかくジャック・ティボーとアルフレッド・コルトーのフランクのヴァイオリン・ソナタは、プログラムに入れたいですね。これをたくさんの人に聴いてほしいというのがレコード・コンサートをここで開催しようと思った切っ掛けなんですから」
「そうですか。楽しみにしています」