プチ小説「ビゼー好きの方に(仮題)完結編」
森下は周りが暗くなってきても部屋の明かりを付けないで、パソコンの画面にかじりついていた。彼はYou Tubeに飽きると、アマゾンでCDを物色した。それに飽きると最近デジカメで撮った写真の整理をした。ふと右手の方に目をやるといつもなら西日で強く照らされるところが、そこだけ輝いているのに気付いた。
「おや、いつも輝いているところが眩しいので、よく見てみたら人がいるじゃないか。ああ、びっくりした」
「なんじゃ、そりゃ。一所懸命試行を凝らして出て来たのにその反応は、あ、余りに小さいんとちゃうのん」
「そうですか。でも、僕はあなたの登場に対して、び、びっくりしたなぁとか、うわぁ、驚いたなぁとか言う義務はないですよ」
「そやけど、長年たくさんの人に尊敬され、勇気と感動を与えて来たわしらに対して、ぁぁ、びっくりだけでは物足らんわ」
「そうですか、それでは、とりあえず、至らなくてすみませんでした。で、あなたは妖精さんとか幽霊さんですか」
「あんたらは、そうしてわしらをカテゴリー分けして喜こんどるけど、わしらはあんたらの世界とわしらの世界を行き来する人、つまりそういう免許を持っとる使者と言うか...あんまり詳しいことをいうのは御法度なんや」
「そんなら、その免許証を見せてください。お話に信憑性がありません」
「そ、そんなものはあれへん。でもあんた、あんたが知らんうちに家の中に入ってくるちゅーのは何か超自然の力があるとか考えへんのか」
「最近はいろんな便利なものができたから、家に侵入するのも簡単やと聞きます。きっとあなたもいいものをお持ちなんでしょう」
「話がしにくいなぁ。どう言うたら、わしが人間と違う、別世界の人間やということを信じてもらえるのや」
「そりゃ、われわれ人間ができなくて、思っても見ないことができるなら、それはあなたは正しい、立派ですということになるでしょう」
「どんなことができたらええのん」
「例えば、カルメン前奏曲を最初から最後まで口真似でするとか」
「ちゃんちゃかちゃかちゃか、ちゃんたちゃかちゃかちゃか、ちゃんちゃかちゃんちゃかちゃーん。ちょっと無理やなあ」
「アルルの女第2組曲のメヌエットをオカリナで演奏するとか」
「あの音域の広い曲を1オクターヴちょっとしか音域がないオカリナで演奏できるはずないんとちゃうん」
「でもあなたは超自然のパワーの持ち主ですから、楽器をいじくって音域を広げるなんて簡単なことでしょう」
「そら、あんたの思い込みや。認識不足や。われわれも得意不得意はあるんやから」
「と言うと、得意なものがあるんですね。それはなんですか。まさか人をびっくりさせることではないですよね」
森下がそう言うと、異次元からの使者は真っ赤な顔になりもじもじした。
「あんた、そんなこと言うけど、わしは、わしが突然現れて、あー、びっくりしたちゅーて腰を抜かした人を何万人も見てるんやから」
「でもぼくは平気でしたよ」
「そら、あんたがおかしいんや。真っ暗な中に突然光出し、そこからおっさんが出て来たんや。こら、えらいことやと腰抜かさんのは非常識ちゅーもんやで」
「まあ、いいでしょう。ところであなたは何か用事があってぼくの前に現れたのですか」
「そうや、そやけどな、あんたみたいに付き合いの悪い人間は最悪や。巨万の富を得たかもしれんし、きれいな嫁さんをもらえたかもしれんかったけど、その資格は消失したんや。自業自得ちゅーやつや。ほやから、もうわしは帰るでー...帰る...ええんか」
「いいですよ。昔だったら、突然、お城が建っても疑われることはなかったけれど、今の時代、突然金回りが良くなったら、何か悪いことしたんとちゃうかと思われるだけですよ。地道に行かないと足元を掬われます」
「ほたらきれいな花嫁さんは」
「そ、それは有難いことですが、突然きれいな女性があなたが好きよと言ってくれるというのは、巨万の富より現実味がありません。こっちも地道に行かないと」
「そうか、そやけどな、そんな欲のないことでは世の中生きて行かれへんよ」
「いえいえ、ラッキーと言って浮かれていると、落とし穴が待っているんです」
「こら、あかんわ」