プチ小説「東海道線の妖精 19」

石井は妖精のおじさんから、、次は「セビリアの理髪師」をすると言われて、少なからずうれしい気持ちになった。
<大学を卒業するまでに、モーツァルトの「魔笛」、ワーグナーの「タンホイザー」、プッチーニの「ラ・ボエーム」それからヴェルディの「椿姫」は何とか鑑賞できるようになった。それはひとえにそれらの作品が旋律が美しくまとまりがあるからだが、それから後が続かなかった。モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」が面白いと言われたが、好きになれなかった。ワーグナーの「ローエングリン」のレコードを購入したが、第3幕への前奏曲と結婚行進曲を聴くくらいだった。プッチーニの「蝶々夫人」を聴いたが、盛り上がりのないオペラだなと思っただけだった。ヴェルディの「アイーダ」「仮面舞踏会」「シモン・ボッカネグラ」をいずれもアバド指揮スカラ座でレコードを買い揃えたが、一度聴いて放置したままだった。そんなある日、大阪市内に出掛けたついでに大阪市立中央図書館に行ってみた。たくさんのDVDソフトがあり視聴もできたので、歌劇の棚を見てみた。アバド指揮の「セビリアの理髪師」はレコードも出ていたので、興味津々で借りて、2時間余りの歌劇を図書館の視聴覚室で一気に見たが、状況を把握できたので、見ていて楽しかった。字幕が出るし場面がわかるし登場人物の容姿も分かる。これなら映画館で外国映画を見ているのと同じだし、オペラ自体魅力があるなら、2時間以上という長い時間でも苦にならない。これからはDVDで興味を持ったものだけを購入しよう。それでもう少し聴きたいと思ったら、CDを購入しよう。背伸びはやめようと思ったものだった>
石井は、棚にあるアバド指揮のロッシーニ「セビリアの理髪師」のCDを手に取った。
<一度全体を把握して、聴きどころがわかったら、画像がなくとも楽しく鑑賞できる。このオペラは、CDで何度も聴いたものだ。全体通して明るい雰囲気に満ちている。フィガロやアルマヴィーヴァ伯爵も明るいが、なぜか悪役のロジーナの叔父の医師バルトロやロジーナの音楽教師バジリオもユーモラスなんだ。アリアも優れたものがたくさんある。有名なのは、ヒロインロジーナが歌う、「今の歌声は」だけど、アバド盤のテレサ・ベルガンサが魅力的だ。スペインマドリード出身で、スペインを舞台にしているこのオペラにはぴったりという感じなんだ。アルマヴィーヴァ伯爵の「空はほほえみ」、フィガロの「おれは町の何でも屋」、バルトロの「わしのような医師に向かって」、バジリオの「かげぐちはそよ風のように」はそれぞれ趣向を凝らしていて、歌手の腕の見せ所という感じだ。重唱も楽しいし、見ていて飽きない。アルマヴィーヴァ伯爵とロジーナの恋愛がどうなるかというのが物語の中心だから、アルマヴィーヴァ伯爵(リンド―ロと名乗っている)からロジーナへの愛の歌、ロジーナからリンド―ロへの愛の歌の名アリアがそれぞれある。楽しいオペラだから、印象に残る場面が多いが、恋愛で参考になるところと言えば、そんなところかな。「セビリアの理髪師」はロッシーニの出世作と言われていて、24才の時の作品だから、亡くなる76才までには50年以上あったが、30才の時に「セミラーミデ」、37才の時に「ウィリアム・テル」を作曲したくらいで、「セビリアの理髪師」と比肩するような傑作を残していない。「ウィリアム・テル」序曲を聴くと素晴らしい曲なんで、もっとよい作品を残してほしかったなと思うんだ>
「セビリアの理髪師」のCDの隣には、ロッシーニの「シンデレラ(チェネレントラ)」のCDが置かれていた。
<同じアバド指揮ロンドン交響楽団の演奏なので、期待したんだが...「アイーダ」「仮面舞踏会」「シモン・ボッカネグラ」と同じで1回聞いてそのままになっている。ほんとにオペラはそのよしあしを判断するのは難しい。アバドをはじめカラヤン、ベーム、クレンペラー、セラフィンなどのオペラをじっくり鑑賞できるようになるんだろうか。それとも物語を把握しないで、交響曲を聴くようにオペラを聴いても良いのかな。いや、やっぱり、馴染みのないオペラは、時間を掛けて調べてから、聴くことにしよう。一度時間があったら、大阪市立中央図書館に行ってみよう。興味深い日本語字幕付きのオペラのDVDが棚に置かれているかもしれないから。ベルリーニ、ドニゼッティ、マスネなんかはDVDを視聴して、だいたいの物語が理解できてメロディに馴染めたらCDを楽しんで聴けると思うんだけどな>
スケジュール表を見ると来週の週末は時間が取れそうだった。
<来週末は大阪市立中央図書館に行くとしよう。ドニゼッティの「愛の妙薬」か「ランメルモールのルチア」、ベルリーニの「夢遊病の娘」か「ノルマ」、マスネの「タイス」なんかを借りて視聴できるといいな>

※ 私が歌劇「セビリアの理髪師」のDVD(VHS?)を大阪市立中央図書館で見たのは、今から20年くらい前のことで、今年の3月にはVHSの貸し出しサービスも終了したようです。