プチ小説「耳に馴染んだ懐かしい音3」
奈良であるコンサートを見に行く日に、二郎は近鉄京都駅の改札口で森下さんのおばちゃんと待ち合わせた。
おばちゃんはいつもクラリネットの入ったショルダーバックを持っているのだが、今日はグレーのリュック
を背負っていた。二郎はおばちゃんに尋ねた。
「今日は、クラリネットは持って来ていないんですか」
「ちゃんとここにあるわよ」
そう言って、おばちゃんはリュックを下ろしてその中に入っている。クラリネットを見せてくれた。
「少し地味な鞄だけれど、持ち運びに便利なのでしばしば使っているのよ。ところで今日のコンサートは私の
先生のコンサートなの。CDの音ばかりじゃなくて、生の演奏を聞くことも大切と言っておられたので、私も
行ってみたいと思ったの。でも、奈良の方の地理に不案内なので二郎君にエスコートをお願いしたのよ」
「僕もどんな先生か楽しみだな」
コンサート会場は瀟洒な洋館といった感じの建物の1階の1部屋をホールにしたもので、10坪位のホールの
半分に60脚程の椅子が並べられていた。ステージにはちょうど真ん中あたりにグランドピアノが1台置かれて
あった。定刻にコンサートは始まった。森下さんのおばちゃんの先生は、若い元気な女性で、司会、解説も
自らしながら演奏をしていた。前半はクラシックで二郎の知っている曲はなかったが、後半のジャズの曲の中には
二郎の知っている曲もあったので、メロディを口ずさんだりリズムに合わせて身体を動かしたりした。プログラムの
最後の曲の演奏を終えた先生は言った。
「今日はみなさんコンサートに来ていただき、ありがとうございました。最後にアンコール曲を1曲お聴きいただこうと
思います。カーペンターズの「青春の輝き」です。ところで青春とは何でしょう。それは心の中にあるもので、その人が
そう思い続けることによってかたちを表すものだと思います。決して年齢で限定されるものではないと思います」
それを聞いたおばちゃんは、突然立ち上がり叫んだ。
「先生、私もクラリネット演奏では青春なんだから、道に迷わないようにきっちり案内してね」
二郎は恥ずかしくて床を見ていたが、しばらくしてアンコール曲の演奏が始まった。
コンサートが終わると先生は会場の出口に立って、来場者にお礼を言っていた。森下さんのおばちゃんは先生に、
「私、こうと思うとすぐに言葉を発してしまうの。申し訳なかったわ」
と頭を掻いたが、先生はそれに明るい笑顔で応えた。