プチ小説「東海道線の妖精 26」

石井は山口先生から、先を促されたので話を続けた。
「物語を丹念に読めば、心に残る台詞が2、3上げられるのかもしれませんが、残念ながらそこまでやらずネット検索だけで授業に臨んでいます。そういうことなので、ダーシーがこういうことを言ったのでぼくも使ってみたいといったことは言えません」
「ほたら、何ができんのん」
「当時の女流作家の作品についてとか。と言っても、読んだのは、シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、ジョージ・エリオット『サイラス・マーナー』『ミドルマーチ』くらいですが」
「オースティンの他の小説は読んでないのん」
「『マンスフィールド・パーク』と『エマ』を読んだのですが、よくわかりませんでした」
「ブロンテ姉妹の2つの小説は、趣が全然違っとるやろ」
「『ジェイン・エア』のヒロインには好感が持てて、盲目となった最愛の人のために一緒に生きようというのはハッピーエンドの小説と言えますが、『嵐が丘』の方は主人公ヒースクリフの復讐劇が完了しないで終わる(そのことは大変よかったのですが)という後味の悪い小説です。ジェイン・エアは、娘の家庭教師としてロチェスター氏と主従関係にあったので、恋愛関係にあったとは言えません。またヒースクリフはイザベラ・リントンと結婚して息子を授かりますが、二人の間には甘い会話は全くなく憎しみ合っていたと思います。なのでどちらの小説からも、松子さんに告白する時に使いたいような台詞は出て来ないと思います」
「そしたら『サイラス・マーナー』と『ミドルマーチ』はどうなんかな」
「『サイラス・マーナー』は浪人生の頃に読んで感動したということは覚えていますが、物語の最初のところの内容がどうだったかあまり覚えていません。とにかくある時サイラスの前にエピーが現れ、その女の子を育てることになる。可愛い女の子エピーが成長するのと、それを見守ることに生き甲斐を見つけるサイラス、しかしある日エピーに好きな人が出来て...というストーリーだったと思うのですが、残念ながらそれ以上のことはわかりません」
「『ミドルマーチ』の方はどうかな」
「こちらは10年ほど前なので、よく覚えています。ヒロインのドロシアは最初、頑張っている人を助けたいと思い、かなり年が離れた学者と結婚します。二人の結婚はうまく行っていて、それぞれの思っていることがうまくかみ合って、つまり妻は夫の成果が上がるように援助し、夫は妻の献身を有難いと感謝していました。そこに夫の親戚の若い男性が現れて、手練手管を弄して二人の関係を取り崩していく、このやり方がちょっとやりすぎじゃないかと思った記憶があるのですが、覚えていません。夫は変わっていく妻を見て、動揺したのでしょう。それからしばらくして夫が亡くなりますが、二人の仲が怪しいと思っていた夫は、二人が結婚するなら遺産相続はさせないという遺言を残します。それでも二人は結婚しますが...そのあとどうなったかは10年経ったので、覚えていません。とにかくドロシアを奪い取った20代の若者より60才近い学者の方に味方したくなり、そう思って読んでいると若者がおいしい目をするのが腹立たしくなったことを覚えています。年齢が離れて結婚すると結局はこんな結末が待っているのかとやるせなくなりました」
「それでも、石井君と松子さんは同い年だし、その心配はないんとちゃうん」
「それもそうですね。でも『ミドルマーチ』という小説は好きになれません。なのでこの小説から学びたいとは思いません」
「ははは、石井君が怒るのを始めて見たわ。そやけど、これでは余りに不完全なんで、次はフィールディングの『トム・ジョウンズ』を調べてくれへんか」
「そうですね、その小説なら、面白かったので2回読みましたし、少しはまともな話ができるように思います」
「よし、そしたら次はそれでいこ」