プチ小説「東海道線の妖精 31」

石井は妖精のおじさんと別れるまでにまだ時間があると思ったので、『剃刀の刃』についても少し話してみようと思った。
「今日は『人間の絆』を検討するということでしたが、まだ時間があるようなので『剃刀の刃』のことを...」
「そら、ええ心掛けやで、ほたら、『剃刀の刃』について思うことを話してちょうだい」
「この小説の内容を実のところぼくは詳細にはわかっていません。でもこの斎藤光夫氏訳の『剃刀の刃』の輪廻のことを主人公ラリーが語るところは、何度も読みました」
石井は鞄から、『剃刀の刃』の古本を取り出して見せた。
「その部分が強烈な印象を与えるので、その衝撃を受けたくなった時にしばしばこの箇所を開くのです、2ページ余りの長い文章ですが...ここなら安心して語れるのでそうさせてください。
『ある日、僕は彼にこういいました。『あなたは非常に自由主義的で、世界の事情にも通じ、科学、哲学、文学など、実に沢山読んでらっしゃいます―そのあなたが、本当に心の底から、再び生まれかわるなどということを信じていらっしゃるんですか?」
「すると、彼の顔色がすっかり変わってしまいました。夢見るような顔つきになってしまいました。
「『あなた』と、彼はいいました。『もしわたしがそれを信じていなかったら、人生はわたしにとって、何の意味もないものになるでしょうよ』と」
「ところで、君自身は信じているのかね、ラリー君?」と私は訊ねた。
「それはお答えが非常にむずかしい質問ですね。僕たち西洋人には、そうした東洋人のように、一も二もなく信じるようなことはできないと思います。そうしたものは、かれらの血と骨の中にあるんですね。ところがわれわれにとっては、それは一つの見解であり得るにすぎないんですよ。僕はそれを信じもしなければ、信じなくもないんです」
 彼は暫く口を噤んだ。そして頬杖をついたまま、テーブルのうえに目を落としていた。やがて彼は、後ろに凭れかかった。
「かつて経験した、非常に奇妙なことをお話したいんですよ。ある夜、僕は庵室(マシュラマ)の自分の部屋で、インド人の友人が教えてくれたように、黙想していました。蝋燭を灯し、燃える焔に自分の注意を集中していたんです。暫くすると、焔を通してですが、実にはっきりと一列に並んだ長い人影の列を僕は見たんです。その最前列に立っていたのは、レースの帽子を被り、白髪の捲毛が耳の上に垂れ下がった、年配の婦人でした。ぴったり躰に合った黒い胴衣と、裾飾りのついた黒絹のスカートをつけていました。1870年代にみんなが着ていた衣類だと思うんです。そして彼女は僕のほうに真正面に向いて、品のいい、遠慮がちな態度で佇み、掌を僕に向けて、両腕を体の左右に真直ぐに垂らしていました。その皺の寄った顔の表情は、親切そうでやさしく、柔和でした。この女のすぐ後ろには、―いくぶん脇にそれていたので、大きな鉤鼻の、厚い唇をしたその横顔が見えたのですが―黄色い上塗りを着て、真黒な上被りを着て、真黒な髪の毛の上に黄色い頭巾を載せた、背の高い痩せたユダヤ人がいました。彼は学者らしい勤勉そうな顔つきで、厳しいが、それでいて情熱的な、厳粛な様子をしていました。その後ろには、僕のほうに顔を向けて、まるで二人の間には誰一人いないかのようにはっきりと、元気で健康そうな顔つきをした青年が見えました。どう見ても、十六世紀のイギリス人としか取れませんでした。両足を少し開いて、しっかりと立っていました。大胆で、無鉄砲で、好色な顔つきでした。すっかり真赤な、ちょうど宮廷服のような堂々とした美装(みなり)で、足には爪先の広い天鵞絨の靴を穿き、頭には、、平たい天鵞絨の縁無し帽を被っていました。この三人の後ろには、ちょうど映画館の外の行列のように、果てしもなく人影がつながっていました。しかしかれらは朦朧としていて、どんな様子だか見分けがつきませんでした。ただ、かれらのぼんやりした形と、夏の微風の中で波立つ麦のように、かれらの間を貫いて行った動揺に気がついただけでした。暫くすると、それが一分だったか、五分だったか、それとも十分だったか僕にはわからなかったんですが、かれらは、夜の闇の中に静かに消え去って行って、ただそこには、蝋燭のじっとした焔のほかなんにもありませんでした」
 ラリーは、かすかに、にっこり笑った。
「勿論それは、僕がうとうとして、夢を見たのかもしれませんよ。あるいはまた、あの弱弱しい焔に向かってやった、僕の精神統一が、一種の催眠状態を呼び起こして、現在あなたを見ているようにはっきり僕の目に映ったあの三つの人影も、潜在意識の中に留まっていた映像がまた浮かびあがったものかも知れません。しかしまた、前世の僕だったかも知れませんよ。僕はあるいは、そう遠くない昔は、ニュー・イングランドあたりの老婦人で、その以前は、東部地中海沿岸のユダヤ人で、それから、いくぶん前の、セバスチャン・カバットがブリストルから出帆して間もない頃は、ウェールズ候ヘンリーの宮廷にいた、伊達男だったかも知れませんね」』
ご清聴、有難うございました」
「そうそう、ホンマにこの部分は輪廻についてわかりやすく説明していて、『剃刀の刃』のこの箇所に何かの機会に触れて、輪廻についてもっと知りたくなったという大学生や高校生が多かったんと違うやろか」
「ぼくが初めて『剃刀の刃』を読んだのは大学生の頃でしたが、ぼくの場合、輪廻より、人間の人生は予定されていて、自分も蝋燭の側に現れた人物たちと同様に最初から姿かたちだけでなく人生でやることも決められているんじゃないかと思ったのでした」
「それやったら、人生の意味がなくなるんとちゃうん。どうあがいてもやれることが決まってるんやったら」
「そうですよね。でも三十才を超えるとそういった凝り固まった考え方から開放され、モームの考え方からも開放され、いろんな本を読むようになったのです」
「そうして数年経ったのが、今の石井君というわけなんやね」
「そうです、そういうことですから、先生、これからもご指導のほどよろしくお願いします」