プチ小説「座談会『こんにちは、ディケンズ先生』第1巻について考える その2」

「それでは、前回に続いて、『こんにちは、ディケンズ先生』第1巻について活発な議論をいただこうと思います。前回はその生い立ちについて船場さんからお話しいただきました。今回は第1巻の内容についてのお話をしていただきたいのですが...」
「ディケンズの小説で言えば、『デイヴィッド・コパフィールド』は自伝的小説と言われますが、『こんにちは、ディケンズ先生』は自伝的小説ですか」
「残念ながら、わたしは前回にお話ししたように奥さんも娘もいません。出版社に勤めているわけでもないですし、大川さんや第2巻から登場する相川さんのような際立った友人がいるわけではありません。ただディケンズの小説の愛読者であり、クラリネットを多少は吹くことができます。小説家の中には一旦筆を取ると尽きせぬイマジネーションで一気に小説を書き上げられる人がおられるのかもしれませんが、わたしにはそのような才能はありません。一気に書き上げるということができませんので、A4用紙に収まるくらいの量の小説を書いては積み重ねるという方法で長編小説を書いています。最初から結末を考えて書いているのではないので、自分のことがしばしば顔を出すことはありますが、自分の青春時代をそのまま再現して書いてみようと思ったことは今までありません。わたしの半生はほとんどの時期が退屈で欠伸が出るようなものですが、ある一時期を切り取ると、興味を持たれることはあると思います。そういう狙いで書かれた小説は、私小説と呼ばれるものですが、わたしの小説もその傾向があると思います。でもそれだけでは退屈するので、ディケンズの小説から面白いところを紹介したり、クラシック音楽を紹介したりします」
「そろそろ総論は終えて、小説の内容について話したらええんとちゃう」
「そうですね、これでは前回と変わりませんね。この小説は、主人公小川弘士が大学に入学してすぐに放課後に大学図書館に行き、ディケンズの『ピクウィック・クラブ』のハードカバー本を枕にして居眠りをするところから始まります。夢の中にディケンズ現れ、大学に入学して一日目に自分の本を選んで読んでくれたことに感謝して、これからも夢に現れることをやさしく語り掛けます」
「この最初の章で、なんとなく主人公と文豪ディケンズとの出会いがあり、二人を中心に物語が展開するということがわかります。そしてわざわざ文豪を引っ張り出したのだから、その作品についての感想なども出て来るのかなと...最初の章でも、ディケンズの最初の長編小説『ピクウィック・クラブ』が出てきます」
「そうです、わたしは自著をストーリーの面白さを追求するのではなく、とても読みにくいのを覚悟で、ディケンズの小説の紹介をさせていただいています。そうすれば、何年か先に、ディケンズのことに興味がある方に読んでもらえるかもしれないと考えて。名作として長く読み続けられないなら、わたしの好きなディケンズのことを知ってもらい、わたしの考え(感想)に共感してもらえば、ちょっとは本を読んでよかったとなるのではと考えたのです。それで第1巻では、『リトル・ドリット』『荒涼館』『我らが共通の友』など余り読まれない作品を面白おかしく、紹介しています」
「しかも、主人公と文豪ディケンズとのやりとりというのが面白いね。こういう発想はどこから出たのかな」
「話すと長くなりますが、地の文、独白、3人以上での会話よりはるかに対話という形がテンポも良いし、わかりやすいというのがあります。文豪とディケンズファンが会話で作品を紹介すれば、ディケンズの作品への理解が深まると考えたのです」
「そういうディケンズ作品の紹介に重点を置いたものなのに、主人公小川の成長も描いているんですね」
「わたしは、ディケンズだけでなくいろんな国の長編小説を読みました。そのほとんどが多くの登場人物が登場し、いろんな人間関係があるということです。そうした人間関係の中で主人公は、もまれながら成長していくのです。『モンテクリスト伯』は復讐劇なので主人公中心で他の登場人物との関係は希薄ですが、そんなことがないほとんどの小説は主人公と他の登場人物との対話を重視していて、わたしもそれに倣ったのです」
「わしは、文武両道というか、ピアノの達人でありながら、武道の達人でもある大川アユミのファンなんやが、主人公小川とウマが合わんといのが、気になるところなんやが」
「どちらかというと、わたしの創造した登場人物はほんわかとした人物が多いので、アユミさんのような人物がいないと物語が締まらないものになるかもしれないと考えました。時にとんでもない言動をしてもらって、みんなが結束したり、流されてしまったりという展開も面白いかなと考えました」
「そうなんや、計算ずくでアユミに行動してもらっているということなんやね。そうすることでヒロイン秋子が引き立っているようにも思える」
「そうですね、その対比はいつも考えています。でもいつもアユミが敵役では可哀そうなのでたまにおしとやかに振舞ってもらっています」
「主人公とディケンズが夢の中で出会って、ディケンズの指導を得ながら、秋子との恋愛を成就させて、結婚し、第2部に入ってからは、2人の娘が出来てからは小川の活躍の場が、いやそれよりディケンズ先生の活躍の場が少なくなった気がしますが」
「そうですね、特に第2巻からは相川さんというオールマイティな人が活躍しますから、そのあたりはとても難しかった。でも、同じようにディケンズ先生が登場の仕方を研究しているというのでは、いつか飽きられてしまう。物語を展開させて行かねばと考えました」
「相川さんのことや娘さん2人の活躍については次回にしようと思いますが、何かありますか、いちびりさん」
「わしは、第1巻はディケンズの小説の紹介、主人公の成長を描くということをしながら、秋子、大川、アユミという興味深い登場人物を際立たせて描くというアクロバティックなことを成し遂げていると思うんや。素人さんの初めての小説にしてはよう出来とる。ほやけど、千円でデートしようとか、主人公小川に船場そのものの貧乏くささが鼻に着くところがある。ま、船場はデラックスとかゴージャスとかいうのには一生縁のない人間やから、しゃーないのかもしれんけどな」
「そうですね、そのあたりは反省しないと大きくなれないですね」
「そやでーぇぇ」